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 トバルコは退屈さから耐え切れずに口元を隠してそっと欠伸をし、盛大に執り行われている兄、ドゥミトリの葬儀の列から離れた。大きな建物の中で執り行われている葬儀だが、無神論者のドゥミトリが死後の葬儀をどう思うだろうかとトバルコはどうでもいいことを考えながら静かに扉を開けて外に出た。後を追うようにラシャが続いて外へ出る。

「あんたには驚いたよ。いい腕だ」
「仕事なんでね」

 トバルコは撃たれた肩への負担を減らすために吊っている腕を見つめて口端を上げて見せた。外に停めてある高級車の傍に仁王立ちしていたギロアはご機嫌なトバルコに小さなため息を零して視線をそらした。2人ともサングラスを掛けているため表情は分からないが、トバルコは声の調子から見てもとても楽しそうだ。

「俺も撃たれて見事に被害者。俺だって腕に自信は有るが、あんたの精確な射撃は是非とも今後もお願いしたいね」
「約束したろう。もう無しだ」
「あんたの会社と手を組んだんだ。これからもあるかもしれないだろ」
「…俺はクビだそうだ。少し勝手をしすぎたからな。なんとか指名手配や追われる立場を回避するので精一杯、ってやつだ」
「へえ!なら尚更、職がいるだろ?どうだ」

 両手を広げて誘うように尋ねるトバルコにギロアは首を横に振るだけ。仕方ないと、トバルコは肩をすくめてからラシャへ目配せをし、ギロアへ背中を向けて葬儀に戻り始める。

「国を変えるのは難しいが、少しは変わるだろうかね。せめて子どもには希望のある未来を持たせてやりたいけどなぁ」

 立ち止まりポツリと独白のように言葉にしたトバルコに、ラシャは無言で微かに頷いた。一方鼻で笑ったギロアは腕を組んでトバルコの背中へ声をかけた。

「お前が変えるんだろうが」

 呆れたような言い方を残して車に乗り込んだギロアに、トバルコは答えずに行ってしまった。2人のやりとりを見ていたラシャか運転席に乗り込み、バックミラーでギロアを確認する。

「どこへ送りましょうか。ボスは安全に送り届けろと」
「アメリカに決まってるだろ。ニューヨークまですぐに帰りたい」

 ラシャは頷いて自家用のジェット機を保管する小さな発着場へ車を出発させた。運転しながら、少し迷うようにギロアへ声をかける。

「…あの、ボスの誘い、受けないんですか。走行中の車からあれだけ精確に標的を撃てるんです。あなたなら幹部にだってすぐに…」

 そこまで言って、ラシャは言葉を止めた。ギロアは腕を組んでシートに腰を預ける格好で寝ている。
 ラシャはマイペースな己のボスの似たような態度を思い出して、うんざりしたように眉を寄せた。




 カチっとランプの紐を引くと、小さいながら温かい灯りが枕元を照らし、ソイルは満足そうに笑みを浮かべた。アンティークの古めかしいながら繊細な模様のランプシェードはソイルが一目で気に入ったものだ。

「おい、ソイル。テレビは何処に置く?」
「適当に床に置いといて」

 寝室まで届くコリンの声にソイルは大きな声で答えた。はいよ、と言う返事の後、すぐに部屋を出て行く音にソイルもランプの灯りを消して数にしては少ない引越し用のダンボールを部屋の隅へ押しやった。
 仲間の元へ戻り、一週間ほど島でのんびりと休養したソイルだったが、リーセルを調べて行くうちにアメリカへ戻っていた。一人暮らしには丁度いい、よく知る間取りのアパートだ。そこは以前ソイルがギロアに世話になっていたアパートで、未だに鍵を持っていたソイルは管理会社に頼んで入居を決めた。散らかっているが、どこか懐かしく安心感のあるリビングをぐるりと見回したところで、ドアが乱暴に開けられる。

「くそ、重い!」

 エレベーターの無いこの部屋は階段を使う他ない。コリンは椅子をふたつ重ねて運んで来た様で、足でドアを開けた。

「呼べよ。開けるってば」

 ソイルが笑うとコリンは褐色の肌に汗を滲ませ、唇をへの字にして見せた。

「俺はこの椅子で帰るわ。また明日荷解きの手伝いが必要なら電話しろよな」
「え?!ソファを一緒に運んでくれよ!クラークも仕事で居ないのに、1人じゃ上まで運べねぇって」

 薄情なこと言うな!とソイルは立ち上がってコリンに泣き付いたが、コリンは白い歯を見せてニヤニヤするだけ。さっさと積まれたダンボールへ置いてあったジャケットを羽織って出て行く。ソイルがまとわりつきながら一緒に外に出ると、ドアのすぐそばにギロアが腕を組んで立っていた。

「うるせえな。俺の部屋のはずなのになんでお前が引越してんだよ」

 コリンは礼儀正しくギロアへ深く頭を下げ、ルンルン気分を振りまきながらひょいひょいと階段を飛ぶように降りて行く。取り残されたソイルは、はくはくと微かに唇を開くが言葉にならず、瞬きも忘れてしまったように己を見据える男を見つめて固まったままだった。



 




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