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「…花、好きだっけ?」
興味ないと思ったけど、と続けながらソイルはカルデロの墓石に島の名産という大振りで色とりどりの花束を無造作に置いた。ソイルはしばらく立ちつくしたまま、じぃっと墓石に彫られたカルデロの名前を見つめた。思い出される様々な記憶の中で、強く残るのは彼の顔ではなく最後の銃声だった。ソイルは静かに目を伏せて奥歯を噛み締めた。アロンゾの元で唯一、まともに声を交わしたリーセルも呆気なく死んでしまった。ソイルは無意識に撃たれた左肩へ手を伸ばす。一歩間違えば、トバルコの意志次第ではもう自分も生きてはいなかった事を強く実感する。
「…よし」
もう、この世にはいない者にしてやれることはない。
「また来るから」
ソイルはカルデロの墓をトンと叩き、港へゆっくりと歩き始めた。
ただ、なんとなく生きてきて、本当に何も考えてはいなかった過去の自分が馬鹿のように思えていた。誰かを騙して、誰かのものを盗んで、何も悪いとは思わなかった。日々、そうして過ごすのが当たり前に思っていた。
港へ、考え事をしながら歩いていたソイルが飛び交う客呼びの声にふと顔を上げた。街の中は観光地ということもあり、活気がある。人々の声や音楽に溢れていて、それぞれ何かを目的として生きている。そんな風に見えたソイルは、羨ましいと思い露天でテントに吊るされていた大きな中華ナベを手に取った。
ソイルはナベを片手に持つと重みに驚き、慌ててもとの位置に戻した。店主の女がその様子を微笑ましく見ており、ソイルは少し照れたように俯く。
「慣れれば片腕で振れるわよ」
「片腕だけ太くなるんじゃないか?」
「かもね」
にこっと笑う店主に笑みを返し、美味い料理が食べたいと言ったコリンを思い出す。自分に出来ること。少しでも自分の周りの人が、悲しい顔をしないようにしたい。ソイルは小さな目標に自分で頷き、大きなナベは諦め、ひと回り小さな物を購入した。何か新しいものを作れば、クラークもコリンも気持ちが明るくなるかもしれない。そんな風に考えたソイルは笑顔の女店主からオマケの小さなタマネギをたくさん持たされ、停船場へ入った。
「あ…!」
袋から転がったタマネギを慌てて拾ったソイルは、急にギロアを思い出して唇を引き結んだ。具材は大きく、たくさん入れたスープが彼は好きだ。このタマネギならば丸ごと入れても、甘く柔らかく美味しくなるだろう。食べさせたい。ソイルは一瞬目を閉じて深く息を吐くと、タマネギを袋へしまって足早に船に乗りこみクラーク達の待つ島へ走らせ始めた。
ソイルが帰ると、ふたりは安心したように微笑みかけた。ソイルも無理や偽りの無い笑みを返し、キッチンへナベを置いた。何やら資料を広げて難しい顔に戻ったクラークとコリンに、ソイルは明るく声をかけた。
「なあ、人探し出来る?」
ソイルの問いかけにコリンはクラークを見た。クラークが頷いて、誰を探すのかと尋ねる。
「リーセルっていう白人、歳は俺くらいで大学を中退。たぶん薬学部。家庭は貧乏で兄弟がいるはず」
「リーセル?名前?」
「…わかんない…たぶんファーストネーム」
あまりにザックリとした情報にクラークは苦笑いして組んでいた腕を解いて腰へ手を当てた。
「調べて見てもらうけど、たぶん絞り切れないよ」
「だよな」
「リーセルって何者?」
コリンがふたりの会話を遮った。ソイルはアロンゾの元で唯一まともに接してくれたリーセルの事を話し、死んでしまったことを伝えた。
「だから、せめて家族へリーセルが届けるはずだった金をおくりたくて…」
ソイルが半ば諦めたように眉を下げるのを見たクラークは小さなため息を静かに吐いてから頷いた。
「早めに調べてみるよ」
「絞り切れなきゃ一軒ずつ回ってみりゃいいさ」
「本気か?!」
コリンの無謀な提案にソイルとクラークは同じようにつっこみ、それぞれが微かに笑った。
「コリン、クラーク、ありがとな!早めに飯作るから仕事頑張って」
ソイルはふたりへくるりと背を向け、キッチンへ入って冷蔵庫を開けた。
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