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 ソイルは階段を飛び降りる勢いで下り、自室に飛び込むとジーンズに履き替え、シャツと上着を手にした。クローゼットから拳銃を探し出し、装填を確認したところでピタリと止まる。どこへ行き、何をすればギロアの力になれるのかソイルには見当もつかない。立ち尽くすソイルの部屋に、クラークが追い付いてそばに歩んだ。銃を握る手を優しく取ったクラークはソイルの手からそれを静かに奪った。ソイルの手に力は無く、するりと手のひらから鉄の塊は離れた。

「俺たちに出来ることは何もないよ」
「……何か…」
「頼むから、落ち着いて考えてくれ…俺たちに出来ないことの方が世の中、多いんだ。分かるだろ?俺はただの詐欺師で偽造屋だ。ソイルを助けるには…時間がかかり過ぎる…」

 でも、何をしてでも失いたくない仲間だから。そう言うクラークの声はどこか悲痛で、ソイルは当たり散らしたい衝動を押し込める。こうして、今自分がこの部屋に立てているのは仲間のお陰。ソイルにはどうすることも出来なかかった現実は、クラークやコリンにとっても同じだったに違いない。所詮、取るに足らない自分のようなコソ泥に出来ることは知れているのかもしれない。

「分かってるよ…トバルコは凄い事を企んでいるのに、俺はその資金集めのためにひたすら盗みや詐欺を何も考えないでやってた。トバルコが何を考えているか知らなかったし、ただの戦争屋みたいなマフィアだと思ってた。全然…住む世界が違って、足元にも及ばないのが自分だろ…」

 ソイルが投げやりに言葉を続けると、クラークは酷いと思いながらも肯定して頷いた。

「…トバルコとはもう関わらない約束をした。たぶん…俺たちには二度と探し出せない。今回はあのオッサンがいたから出来たんだ」
「ソイル、俺たちに出来ることが無い訳じゃねえ」

 説得しているクラークの背後からコリンが真剣な眼差しでソイルを見た。ソイルはハッと顔を上げて、コリンとクラークの顔を見比べる。クラークは余計な事を言うな、とでも言いたげな苦い顔をしている。

「なになに?!なんでもする!いまする!」

 コリンに飛び掛かり襟を掴んで揺さぶり、ソイルは見上げるように背の高いコリンに縋るような眼差しを向けた。コリンは必死なソイルが痛々しく、優しく肩へ手を乗せると落ち着いた声で諭すように続けた。

「俺たちに政治や軍事は動かせないが、メディアはどうだ?ガセネタ投下してやるよ。少しでもオッサンの役に立てるとしたらそれくらいかも。騙すのはお家芸だろ?」

 ソイルは一も二もなく頷いたが、コリンはまだ続きがあると視線を強めた。

「それは俺とクラークの仕事だ。お前は身体を治して…心の方も、たくさんの休めないとな」

 ソイルは平気だと食い下がったが、コリンは目を伏せて眉を寄せた。

「頼む。辛いことばっかのお前に、これ以上何かあったら俺がどうにか…なっちまう…」 

 本当の家族のようにソイルを想うコリンは眉を一層寄せて目尻に涙を溜めていた。それを見たソイルは伝染したかの様にじわじわと目頭が熱くなってきた。小さな声でコリンの名前を呼び、掴んでいた襟を離した。

「クラークが…アホみてぇに食材を買い込んで来たから…美味い料理、期待してるぞ」

 後半は早口に告げ、コリンはゴシゴシと目元を擦って部屋から足早に去った。黙ったまま立ち尽くすソイルの背中をクラークは優しく押して部屋の外へ促す。ソイルは一緒に部屋を出ようとするクラークに疑問の眼差しを向けた。それを汲み取ってクラークは力無く、微かに笑みを作った。いつも人を魅了し好印象を与えながら、本当は冷ややかに相手を観察していたり付け入る隙を探ったりと、心の内は絶対に明かさないクラークがその笑みさえ作らない。それを見て、ソイルは胸がチクっと痛んだ。それだけ大変な思いをさせたのだと察する。大らかで頼りになる強いコリンまでもが涙を滲ませた。ソイルは耐えていた涙が頬を伝うのを感じて慌てて擦った。何故自分が泣くんだ、と戒める。そんなソイルを見たクラークは触れるだけのキスを頬へした。

「こうなるから、絶対に何かに執着したくなかった。恋人や仲間と強く繋がると、何かあった時に必死になるのが分かってた。だから…ソイルの事も絶対に愛したりしないって、気軽に考えてたのにね。愛着、みたいなのがやっぱりあるみたいだ」

 泣かないで。と、優しく囁かれ、ソイルはますます涙が溢れた。ごめん、と俯いて繰り返すソイルにクラークは船のキーと携帯を渡した。

「カルデロは街の墓地に埋葬したよ。あいつの部屋を片付けていて見つけた手紙は誰に宛てたものでもなかった。でもソイルに謝らないと、どうすればいいんだ
、そんな語りだった。アロンゾのこと…」
「分かってるよ。カルデロは利用された。悪くない。…挨拶、してくる」

 言葉を濁したクラークへキスを返してソイルは力強く頷いた。手に握る船のキーをぎゅっと握る。
 アロンゾは死に、トバルコとはもう縁が無い。本当に自由というやつだ。ソイルは安心するべきなのに、何かが足りない感覚に少し戸惑いながら建物を出た。
 

 




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