36


 

 ピリリリリ、ピリリリリ…と電子音が静かなバスルームに響いた。ソイルは大袈裟なほどその音に驚き、ビクッと身体を揺らした。緊張の糸が張り詰めいていたソイルは手のひらが汗でぐっしょりしている様を見てかっこ悪いなぁ、と場違いな事を呟いていた。
 ラシャは銃口はソイルに向けたまま携帯を耳に当てた。

「はいボス。……了解しました。はい。……殺しますか?……了解」

 ソイルはラシャの通話相手がトバルコだと察して顔を上げた。ごくりと喉を震わせ、自分を見下ろすラシャの言葉を待つ。ラシャは通話を終わらせると銃をソイルから退けて変わりに右手を差し出した。

「命拾いしたな。送る」
「…え…」
「ギロアフラムが見事ドゥミトリ・テトラゼを仕留めた。さ、行くぞ」

 ドゥミトリ・テトラゼ。聞き覚えがあるようでいてないような、そんな名前にソイルは誰かと尋ねた。だがラシャは首を横に振って答えない。ソイルは立ち上がろうとしたが、完全に腰が抜けていた。それを見たラシャはニヤニヤと笑ってソイルの腕を掴んで引き上げるように立たせた。

「それが普通だ」
「…うるさい」

 ソイルはラシャの肩に担がれ、バスルームを出た。そのまま部屋も出てエントランスを通り抜ける。富裕層と見て取れるホテル利用客もホテル従業員も、明らかにおかしなソイルを見ても誰も気にした様子がない。ソイルはトバルコの権力を再実感させられた。
 ラシャは気にした風もなく外へ出て、停められていてリムジンへソイルを押し込んだ。

「じゃあな」

 ラシャはそれだけ言うとバタンとドアを閉めた。訳の分からないソイルが声をかけようと慌ててドアに飛び付いたが、すぐにロックが掛かる。そして静かに車は走り出した。
 助かったんじゃないのか、と不安になりながらソイルは広いシートに力無く座った。もう、どこからも何も得られない。ソイルの思考は停止し、じくじくと痛むはずの肩の感覚さえ遠のく。ゆっくりと身体を横たえたソイルはそのままそっと目を閉じた。




 ソイルが目を覚ますと柔らかなベッドの上だった。身体を起こすと肩の痛みが全身を駆け抜けた。

「いっ…てぇ…」

 肩を押さえると包帯が丁寧に巻かれている。上半身は裸で、下はソイルがよく使用するスウェットを着用している。

「…ここ…」

 辺りを見回すと、そこは離島の別荘だった。いつもと変わらぬ青空と美しい海が大きなガラス窓からも伺える。
 夢?と思いながらも押さえた左肩の痛みがその甘い考えを打ち消した。ソイルは柔らかな棉毛布を剥ぎ、ベッドを降りて自室に当てられている部屋から廊下を覗いた。ゆったりとした波の音が聞こえる。恐らくリビングの窓は全開なのだろう。ソイルが部屋から出て階段を登りリビングへ顔を出すと、そこにはクラークとコリンがキッチンのオープンカウンターで難しい顔をしていた。

「クラーク。コリン」

 ソイルが2人を呼ぶと、ほぼ同時にソイルへ視線を向けた2人が立ち上がって駆け寄った。 

「ソイル!」

 クラークはソイルの身体を抱き寄せ、大切に腕に収める。コリンはそんな2人の背中をそっと抱いた。

「よかった。本当に…戻ってきてくれてよかった」

 クラークはソイルを抱いたまま小さく呟き、応えるようにソイルも頷いた。

「クラークとコリンが助けてくれたのか?」

 ソイルはギロアの名を突然出せず遠回しに聞こうと顔を上げた。コリンは少し視線を泳がせ、小さく息を吐くとソイルの肩を叩いた。

「俺たちは出来る限りの事をした。あとはお前の知り合いの、元FBIの…」
「…ギロアフラム?彼は…?」
「まだグルジアから戻らない。明日には…戻る予定だけど、テトラゼ兄弟の長男を殺したとなって上手く逃げられるか…」
「なあ、テトラゼって?ヤバイのか?!」

 食ってかかるソイルに、コリンは眉を下げて気まずそうに頷いた。

「トバルコ…奴の本当の名前はダビド・テトラゼはドゥミトリの2番目の弟らしい。ドゥミトリは所謂国のトップを影で操るような権力者だ。国の裏で暗躍するドゥミトリの独裁は過激で危険な部類。それを潰したがっているトバルコの企みがギロアフラムが属していた組織と同じだったようだ。協力を条件に…ソイルをアロンゾから取り戻して貰った。アロンゾはヤクの製造から手を引いていて、俺たちじゃあ…すぐには探し出せなかった…」
「ドゥミトリの暗殺だって、どこの国もメディアは大騒ぎだ。ドゥミトリはたくさんの人々を虐げていて、女はもちろんガキにも武装させてテロや襲撃を誘うし、薬や人身売買、武器密売も。トバルコは表面上は兄弟だが、ヤツ以外にも多くの反乱グループが存在している。が、小さな国のお偉いさん方には必要な軍事力をドゥミトリは持っていたからな。そのドゥミトリが殺されたとなると大騒ぎ。トバルコも一緒に撃たれたみたいって噂を聞いたけど…」

 コリンの説明にクラークが付け足した。ソイルは俯き頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「どうしてそんなこと!俺にそんな価値は無いのに!」

 クラークもコリンも慌ててソイルをフォローしたが、2人の言葉を振り切ってソイルは自分に当てられている部屋へ逃げるように走って行った。






text top

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -