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 それから約1日、ホテルの部屋から出られず情報も得られず、ソイルの精神的疲労は限界を超えていた。自分の知らないところで何かが起きていて、尚且つ自分が知らぬ形で影響しているかもしれない。ソイルは何度目か分からぬ大きな溜め息を吐き出し、大きなベッドの上で寝返りを打った。仰向けになり、豪華絢爛な造りの天井を眺める。所詮市販の痛み止めを飲もうがトバルコに撃たれた肩は痛むし、微かに熱も出ている。ソイルは怠そうに枕へ顔を埋め、またしても大きな溜め息が零れた。

「随分おとなしいな」
「撃たれてんだ。騒がしいはずないだろ」

 寝室を覗いたトバルコの部下がおどけたように声を掛けると、心底呆れた様子でソイルは返した。ベッドに寝転がったまま部下へ顔を向けたソイルは肩を竦める部下に眉を吊り上げた。

「もっと強い痛み止めくれよ。もってんじゃねぇの?」
「ねえよ。ヘロもどきなら、お前が監禁されてた家に居た雑魚から取ったのがある」
「絶対いらね」

 ソイルが唇を尖らせ部下に背を向けてしまうと、部下はやれやれと首を振ってからカシャンと銃への装填を確認して時計へ視線を移した。

「あと10分」
「……あっそ」

 あと10分、そう言われても何も出来ない現状にはただ頷くしかなかった。諦めたようにソイルが瞼を閉じた瞬間、いちばん始めに蘇ったギロアの姿に慌てて目を開ける。トバルコと取引したという彼の事ばかり心配していたソイルは、じわっと涙が滲むのを必死で耐えながらシーツを握った。彼は無気力に見えて責任感が強く、恐らくソイルの事も途中で投げ出せないと行動してくれたに違いない。ソイルはそう考えて申し訳ない気持ちでいっぱいになって行った。自分が殺されるということは、恐らくギロアも上手くいかなかったのではないか。好きだと、彼のためなら何でもしたいと思った相手にとことんまでに迷惑をかけていることを悔やんだ。無理矢理押し付けた唇の感覚が今になって鮮明に思い出されてソイルはぎゅっと胸が痛んで眉を寄せた。
 気を紛らわせようとソイルはのそりと起き上がり、寝室の入り口で佇むトバルコの部下に向き合うようにベッドに座った。部下はなんだ?という様な顔でソイルを見つめ返す。ソイルは部下の手に在る銃をじぃっと見据え、少し戸惑ってから口を開いた。

「名前なに?俺を殺す奴の名前くらい知っておいても平気だろ…?」

  一瞬怪訝な顔をした部下だが、ソイルの様子は至って真剣だ。何かを企むにしても状況は悪いし、ただ単に名前が知りたいのかと思い不思議そうに眉を寄せた。

「嫌ならいい」

 ソイルはつまらなさそうに顔を背け、ぼうっと空間を眺めた。どう足掻こうともう無理だと、らしくもないと思いながら完全に諦めるしかなかった。それでも、ただ死ぬよりは何かを得てからと思い、手近な情報源の部下の名を聞いた。何の知識にもならないが、ソイルは価値があるような気がしたのだ。

「…ラシャ・ヴィルヴァラゼ」

 大柄の強面が、外見に似合わぬ小さな声を絞り出すように告げた。ソイルの耳にそれはしっかりと届き、微かに笑った。

「ラシャかぁ…痛くないように殺してくれよな」

 死を目前にしたにしては爽やかに笑うソイルにラシャはポカンとした。

「やっぱりロシア名じゃねぇんだぁ…トバルコも本名じゃなさそうだもんな。あんたら似てるし。故郷は?」
「ボスはファミリーを立ち上げる前から仕えていた。ロシアに亡命する前はグルジアとアブハジアの境付近の小さな…」

 ラシャはソイルの言葉につい返してしまったことに口を閉ざした。ソイルもそれ以上は聞かず、ベッドに座ったまま。二人の間に沈黙が広がり、ラシャは気まずくなって再び時計を確認した。5分を切った、と声にしたが、ソイルはうんともすんとも無い。
 ラシャはソイルを立たせバスルームへ押し込んでバスタブへ入るように命じた。言われるがままバスタブに入り、ソイルは膝を抱えて座った。

「なるほど。ここなら汚れても掃除が楽だな」
「そういうことだ」

 ラシャが銃口をソイルの頭に付けると、ソイルは膝に額を当てて歯を食いしばった。衝撃も痛みも耐えられるものでは無いが、無意識の行動だった。どんなに平静を保とうとしたところで、ソイルの心拍数は上がる。恐怖を握り潰すように膝を強く抱えた。
 




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