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「なんだ?自覚なしか」

 ニヤニヤと笑うトバルコのそばでソイルはクラークを思い浮かべた。恋人ではないが、彼が一番関係が深い。もしかして大金を積んだか、詐欺や窃盗の仕事を受けたかもしれないと胸がザワザワと気持ち悪く波打った。

「ク、クラーク・ジャロー…?」

 トバルコは一瞬驚き、次には大笑いしていた。部下の男が何事かと立ち上がる。

「あーは、はっ!傑作…!他の男の名前が出ちゃあ奴もタマ張る甲斐もねぇなぁ」
「コリン・トラルド…?」

 トバルコは笑みを消して馬鹿にしたように首を横に振って見せた。微かに冷めた視線を感じてソイルは唇を噛んだ。他に親しい人間は居ないし、カルデロは…と考えてソイルはハッと息を飲む。まさか、と言う思いがあるのに、頬が熱くなりデカンタを握る手が湿る。
 明らかに様子の変わったソイルをトバルコは目を細めるように眺めた。

「本命の心当たりでもついたか?いや、お前のことだ、選べん程男がいるかもなぁ」

 トバルコの嫌味などソイルには届かず、瞬間的にソイルはトバルコに掴みかかっていた。手から滑り落ちたデカンタが絨毯を叩き、そのまま倒れて中身が絨毯へ吸われていく。トバルコの部下が慌てて飛び上がりソイルをトバルコから引き離した。両脇を抱えられながらもソイルは暴れ続ける。

「彼に何をした?!」

 離せ!と暴れていたソイルは脇を抱える部下の腕を掴んで爪を立てた。ソイルと部下が揉めているのを呆れた眼差しで見ていたトバルコは、落ちたデカンタを拾って勿体無い、と呟いてからソイルの左肩を消音器付きの拳銃で撃った。

「大人しくしていろ」

 痛みにソイルは崩れ、傷を押さえて丸まった。部下が乱れた服を整えているとトバルコは彼に手当を命じる。

「安心しろ。弾は抜けたし上手く撃ってやったから違和感無く治るだろうよ」

 ソイルは苦しげに呻きながら、トバルコを見上げた。

「か、…彼に、なにを…無事なの…か」

 トバルコは大袈裟に肩をすくめて見せた。

「さあね」
「っこの、…っ!」

 トバルコを睨みつけながら立ち上がろうとするソイルの頭に冷たい銃口が当てられた。トバルコは銃を突きつけたまま無表情にソイルを見据える。ぞわっとした寒気がソイルの身体を駆け抜け、微かに震え出した。ソイルを飲み込み消し去るような、重く黒い何かをトバルコは纏っているような雰囲気だ。

「大人しくしねえとお前も奴も今すぐ殺す」

 それが事実だと分かるソイルは押し黙り、視線を伏せた。

「俺にとって美味い話だったから、奴との取引を受けた。それだけだ。お前が生きていられるのも奴次第。精々祈ってろよ」

 銃が下がり、トバルコはソイルから離れてソファに投げ捨てられていたジャケットを羽織ると時計を確認する。応急処置の道具をどこからから持って来たトバルコの部下がソイルの傷を確認する中、トバルコを部屋を出て行く。

「兄貴の演説に顔を出して来る。連絡が無ければ定時にそいつを始末しろ」
「了解ボス」

 ソイルは肩に当てられるガーゼをぼんやりと眺めながらどこか遠くに部屋の扉が閉まる音を聞いた。
 ピピピピ…と言う小さな電子音がソイルを現実へ引き戻す。包帯を箱から取り出していたトバルコの部下が止まり、彼は自分の上着からあの薬を取り出して無造作に口へ放り込んだ。それを少し驚いた表情で見ていたソイルに、部下は薬を差し出して見せた。にかっと歯を見せて笑う。

「やるよ。懐かしいだろ?」
「…あんたも…?」

 みんなだ、と言う部下にソイルは何故?と言う様な視線を向けた。

「大きな志しに裏切りはあってはならない。外からの攻撃より内側の攻撃の方が組織には大ダメージだ。ボスの邪魔をするなよ?」
「邪魔、なんて…トバルコは何を企んでる?もう…十分大成してるのに」
「まあ…聞かないのが利口ってやつだろうよ。特に、まだ生きていたいなら尚更知ったらまずいこともある」

 手当を終えた部下は最後に痛み止めと抗生物質の薬を持たせ、ソイルの背中を叩いて離れた。 見張り役だと言わんばかりにソファに座ってソイルの様子を見ている。
 ソイルは今だに痛む肩を押さえて息を詰めた。トバルコは何の躊躇もなくソイルの肩を撃った。黙らせるためとは言え、余りにも手際が良すぎて恐ろしい。ソイルはトバルコの容赦のなさに震えた。もし、本当にギロアが彼に何かを仕掛けたとすれば、どうなってしまうのか。ソイルは考えただけで居た堪れず部下の男の元へ歩んだ。

「…トバルコは彼に何をさせた…?死ぬ前に、知りたい」
「俺からは話せない。悪いな」 

 きっぱりと言い切り、部下は足を組換えてソファへ深く身を沈めると目をつむった。ソイルは立ち尽くしたまま激しく脈打ち痛みを訴える肩を強く押さえた。
何も分からないことが悔しい。 待つしか出来ないと思うと、どうにも出来ない焦燥感がじわじわとソイルの足元から這い上がる。

「なぁ…頼むよ…」

 俯くソイルの小さな呟きに答える声は無い。




 
 




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