想は訳の分からない状況の中で、ただひとつ色濃く自分の中に残るものの事だけを考えた。
 春。大好きな双子の姉。調子が良くて、腹が立つこともある。だが、春も何より想の事を感じて、理解し、お互いが大事。言葉では言い表せない絆がしっかりと存在している。
 あれから春はどうなったのだろうか。あまりの出来事に何も実感が湧かない想は、春のことを思う。
 想はゆっくりと目蓋を開いて床の絨毯を見つめた。潤み始める目元を擦る。

「……春には……姉には何もさせないで欲しいです。俺なら、何でもします……」
『おう、男ならそうだな。……よっしゃ。一つテストだ。出来たら若林にお前を預ける。出来んかったときは人間以下の扱いで玩具にされる覚悟をしろ。薬でぶっ飛んで戻ってこれんからな』


*  


「はー、おいしかった。若林さん、ご馳走さまでした」
「ったく、よく食うやつだ。将来肥満だな、肥満」

 言葉に反して楽しそうに若林は店を出た。車に乗り込んでエンジンをかける。

「自宅でいいか?どっか寄る?」

 助手席で携帯をいじりながら想に尋ねた若林が車をだす。座り心地のよい高級車に身体を預けて想は目を閉じた。

「あー……新堂さんのとこ、行く予定だから送ってもらえたら嬉しいな……」

 うっすらと目を開けて車窓から夜のネオンを見ている想を横目に見て、若林は新堂の住むマンションに向かった。





 5年前、北川は想に父親を殺すことをテストにした。
 出来ないと散々泣いて渋った想に、清和はやりなさいと諭した。
 想には会社を継ぐより獣医になりたい夢があり、清和はそれを全力で応援していた。想の努力も知っていた清和は「夢を諦めずに春と生きて」と遺した。
 幸いなことに、裕福で敷地も広かったおかげで周りからの情報もなく、家も死体も岡崎組によって片付けられ、翌日の新聞には『有沢製薬社長事故死』の記事が載った。
 母、花は二日後に近くの海岸で死亡が確認されたが、鬼島組の男、五十嵐という若者は依然として行方が分からないままだった。
 あの時、春は強い覚せい剤を打たれていた。新堂は医学部の出だったため、恩師に頼み秘密裏に入院をすることができたが、できる限りを施した後でも春は強いアレルギー反応を起こしていて、意識が戻らず、呼吸すら機械に頼っていた。
 それでも「生きている」と想は思いたかった。
 独りになるのは怖くて仕方がない。
 汚れきった自分の代わりに綺麗で居て欲しいと、想は強く思っていた。





「あれ、電気ついてない」

 若林に送ってもらった想は高級マンションの一室に来た。合い鍵を使って中に入ったが、部屋には明かりは点いていない。
 靴を脱いで廊下のライトを点ける。リビングのエアコンを確認すると点いている。約束したのにまさか留守?と首を傾げながらスーツの上着を脱ぐと視線を感じて寝室を振り返った。

「遅かったな。始末を着けたらすぐに来るかと思っていたのに」
「びっくりした……!電気も点いてないからまだ帰ってないかと思いました。案外忙しくないんですか?」

 声の主、新堂漣(しんどうれん)は少し疲れた様子だったが、いつもと変わらず綺麗な少し冷たい印象の眼差しで想を見つめた。いつもは緩く流すように上げられた髪が降りて、色気が漂っていた。

「忙しいが、俺の部下も仕事はなかなか出来る人間が多くてな」

 寝室から漏れる明かりから、そこで仕事をしていたのだと思われる。お疲れさまです、と新堂に近づいてネクタイに手を伸ばす。
 想が少し見上げるくらいの身長差の新堂は、若林と同じ歳だと聞いたが五つは若く見えた。ネクタイを抜き取ると新堂の腕が腰に回され、引き寄せられたと理解した後には唇が触れていた。ゆっくりと侵入してきた舌が歯列をなぞって想の舌に絡まる。
 想のキスは新堂が初めてだった。
 今や新堂に慣らされ、新堂のキスを熟知している想は応えるように首へ腕を回した。









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