続けざまに耳あたりにも裏拳を一発お見舞いしてやれば、ぐらついた男はそのまま倒れた。三半規管が揺れ、倒れ込む。
 想は男の手から素早く銃を奪うと、震える手でボス面の男に照準を合わせる。数秒遅れてそばにいる男たちが想に銃口を向けながら喚き散らした。

「春を放さないと撃つからな!」
「こりゃ驚いた!イイコの坊ちゃんかと思ったら、骨がありそうな男じゃねぇか。ん?お父さまに教わったのか?」

 馬鹿にした言い方に、想は撃鉄を起こして牽制する。
 銃の撃ち方も格闘技も、若林に習っていた。男なら自分と大切な人を守るんだと、暇さえあれば組手していて、それなりに動けるようになった。だが実戦など経験もなく、喧嘩もしたことがない想は心臓が爆発しそうなほど緊張している。
 震える手足を叱咤して、もう一度言った。

「その子を放せ!さっきここにくる前に警察に電話した!」
「サツだと?」

 はったりだとバレたたろうか、想は口の中が渇いていく感覚に銃を握り直す。

「うぅ……あ、アニキ、嘘ですよ!そいつの携帯、『けんちゃん』に発信してました……」

 想に脳震盪を起こされて立ち上がれない男が声を絞り出すように言った。アニキと呼ばれたボス面が笑う。

「ははは!坊ちゃんの抵抗も終わりだなぁ。『けんちゃん』はお友達かなんかか」
「あぁ、親友だ!」

 今までこの空間には無かった低い声と共に銃声が響き、男たちが倒れていく。
 想も春も耳を覆った。
 振り返ると息を切らせた若林が暗がりの廊下から現れる。隣には若林と同じく銃を構えて此方を見据える綺麗なスーツの男がいた。

「謙太……想、けんちゃんて……謙太に助けを?」

 清和が想を見ると、想は頷いて銃を投げるように置いた。ゴン!と床を銃が叩いた。
 若林が誰かに電話を始め、連れの男がアニキ分と子分たちの顔を確認していく。
 想は震える手を握って心臓の音を静めようと目を閉じた。
 目を閉じると、苦しむ様な小さい息づかいを感じて顔を上げる。春が首を押さえて悶えていた。全員が春に意識をやると、春を拘束していた男の手から注射器が落ちた。
 男はそのまま息絶えたため、何を打たれたのか分からない。

「新堂!」

 呼ばれた若林の連れが頷いて春の様子を慣れた様子で診た後、彼女の小さな身体を抱えて出て行く。
 慌てて立ち上がった想を若林が制した。想の大きな目から涙が溢れる。

「春ちゃんは新堂がなんとかする。想は行くな。清和もだ。話がある……すまない。俺に出来る限りは尽くしたが……くそっ」
「新堂って誰?!春が……はるが……!」

 怒りと言うよりは悔しさに顔を歪ませ、拳を握りしめている若林に掴みかかり、想は止まらぬ涙もそのままに訴えたが、頭を撫でられて携帯電話を渡され、それ以上は話せなくなった。
 若林が清和の撃たれた足を手当てしながら想を時折見る。
 想は、新堂だと思い携帯電話を耳に当てた。

「……あの……」
『……遅い。お前が若林に大金払わせたモノか?名前は』
「え?あ、……有沢、想です」
『資産の5億と会社の価値、それでも残り数億を稼ぐのは相当だぞ。若林の身内じゃなかったら話には乗らんかった。お前みたいなガキ』
「……あの、すみません。話が……分かりません」

 控えめに想が謝ると、声の主は低く笑った。

『ワシは若林の上司みたいなもんじゃ。岡崎組の北川翔。鬼島組の奴らが来たんだろう?話をつけてやった。用意できる金の全て、それから有沢清和。それで子ども達を助ける約束だ。若林だから話を聞いてやったが、他なら断る様な条件やぞ?』

 北川は大したことではないような言い方で、想の許容範囲を軽くオーバーする内容を告げた。携帯を持つ手が汗ばんで指先がすごく冷える。

『子どものお前たち姉弟に稼がせるのはなかなか難しい。若林は身体を売りもんにはさせんと強情だしな。だが、おまえ自身はどうだ?ガツッと10年くらい変態に可愛がって貰えば姉は無傷でいられるかもわからん。足りねぇ分は若林からでも搾り取る。それか、若林の仕事を引き継いで責問役をしろ。1人が寂しければ姉弟で稼ぐ方法もあるがな』 

 どうしたい?と、少し楽しそうに尋ねてくる電話の相手に益々血の気が引いていく。
 大好きな春。自分よりしっかりしていて、気が強い。そんな春の怯えた顔と声。一瞬前の出来事が次々と蘇り、想は涙が溢れ出す。
 助けを求める春の姿が目蓋に焼き付いて消えない。
 想は一度目を閉じるとゴシゴシと涙を袖で拭った。









text top

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -