29
ソイルはベッドに横になったまま、空色に黄色い星が無数に浮かぶ壁紙をぼんやりと眺めていた。星の数を数えるが、途中でどこまで数えたか分からなくなる。身体も重い様にしか感じられず、起き上がるのも面倒だと思った。
再び星を数え始めて、背後でドアの開く音を聞いたソイルが緩慢な動きで寝返りを打つ。
「ほれ、昼飯だぞ。今日はスモークターキーサンドとクリームスープだ」
ベッド脇の小さなテーブルに可愛らしいキャラクターのランチョンマットが引かれており、その上に紙に包まれたサンドイッチとカップに入ったスープが置かれる。ソイルと同世代に見える使いの男は、反応しないソイルに舌打ちしながら背中を支えて身体を起こす。
「ガキと違って重いんだから自分で起きろよ!」
ソイルは意識はしっかりしているのに、怠い身体をどうにも出来ずに小さな声で悪態をついた。
「だったらほっとけよ」
「あぁ?!お前が食わねえと俺がボスにどやされんだ。さっさと食え」
優しいことだな、と呟き、ソイルは渡されたサンドイッチを掴んで噛み付いた
。顎も怠く、噛む事が辛い。度々打たれる筋弛緩剤の様なものが抜け切らないのか握力も指先の感覚も鈍く思い通りにならなかった。
「…半分食べてくれよ」
震える手でサンドイッチを半分に千切ろうと苦戦しているソイルを見て、男は眉をひそめた。
「…まぁ、食えばいいか」
男は監視カメラに背を向け、ソイルからサンドイッチを奪うと素早く二つに分断して、さっと口へ押し込んだ。ソイルは素直に短く礼を言い、再び口元へサンドイッチを押し付ける。男は食べにくそうなソイルの様子に肩を軽く揺さぶった。伺うように顔を覗かれる。
「眠そうだが寝てるのか?ボスは3日ほど居ないから休めよ」
「…殆ど、寝てる、アロンゾがいなくても、他のやつがこっそり来るし」
ソイルの言葉に男は目を丸くした。それから、再びカメラを盗み見る。その視線に気が付いてソイルは口端を微かに上げた。
「カメラに、何か取り付けて…バレない程度に突っ込んでさっさと済ませてる…お前もヤる?」
「なるほど…子供には出来なくてもお前はイケるって?ボスにバレたらただじゃ済まないぞ」
みんな始末されればいい、と毒づくソイルに男は苦笑いした。
「この棟にはガキしかいねえから、お前は新鮮だ。ボスも手を焼くのがわかるぜ」
ソイルのパジャマの袖が捲られ、注射痕を確認した男が笑みを消してひとり納得したように頷く。それからソイルの手に隠すように小さな紙包みを握らせた。顔は真剣で、少しソイルを心配している様子だ。
「薬物の慢性使用で怠いんだ。コレはやべえから、少しだけ使え。神経が締まる。少しだけだ」
ソイルはぼんやりとした顔で男を見つめた。
「…なんで」
「可哀想だから。子供たちはここにいるのが当然みたいに育ってるが、お前は外から来た常人だろ。屈辱や恐怖も感じる」
ソイルはますます首を傾げたが、男は逆に手のひらを差し出して見せた。
「金をくれ。俺は金のためにこんな所で仕事をしてる。大学を退学したのは金がないから。家族バラバラなのも金がないから。薬の仕事はまともに働いてやっと1年分断稼ぐ金が1時間で10倍稼げる。お前、金があるだろ?ここに連れて来られた時に着てたスーツ、最高級品じゃん。くれよ」
ソイルは迷わず頷いた。金ならいくらでも稼げるし、頼めば大金を貸してくれる仲間の顔も思い浮かぶ。
「もっと、大金がある。逃げられるか…?」
「それは無理だ。逃がしたら俺の命がない。でもソレがあれば身体も意識もスッキリするし、手を出してきたら殴ってやれば?ボスが帰ったら、ちょっかい出してきた奴をチクれ。俺が口添えしてやるよ。たまたま見たって合わせてやる」
また30分後に下げに来るから食えよ、と残して男は部屋を出て行った。
握らされた紙包みを毛布に隠すように広げ、指先でつつく。粉末を迷うことなく舐めた。
「メタンフェタミンかな…舌もバカんなってる」
そういえば確かにあのスーツは高かった。こんな少しじゃ割に合わない。そう思いソイルは眉をひそめて唇を尖らせた。
それから、スープへサンドイッチの半分を沈めると、スプーンで柔らかくなったそれをゆっくりと片付ける。
諦めるな、そんな言葉をもう失いかけていた。ソイルはギュッと拳を握って見る。
「まだ、一週間くらいだろ…へばるな」
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