26


 


ソイルは足首を見つめたまま固まった。冷や汗が身体中を伝うような冷たい感覚とハッキリとした恐怖に首輪に触れている手が小刻みに震えている。頭の中はパジャマに無数にプリントされている可愛い羽の生えた水色のゾウで一杯だ。

「…っ!!」

 ソイルは着せられているパジャマを脱ぎ捨てようとボタンが飛ぶ勢いで前を肌けた。手首が離れないため、脱ぐことが出来ずにパニックする。鎖骨の下辺りに大きな絆創膏を確認してゾッとした。そこにはトバルコファミリーのエンブレムが小さく彫られている部分だ。恐る恐る絆創膏を剥ぐと、タトゥーは消え、肌が赤く傷ついていた。
 動揺しながら自分の周りに視線を回し、ソイルは唇が震える。ソイルが置かれている狭い場所は子供用のベッドだった。それ以外は無い、狭い殺風景な部屋だ。
 ソイルは無理矢理ベッドと足首を繋ぐ手錠を引っ張りガタガタとベッドを揺らした。何か細い物があれば、と身体中をまさぐるが使えそうな物はない。ソイルは再び身体を使ってベッドから離れようと必死で暴れた。軋むベッドは木製で、もしかしたらと自由な足の裏で柵をひたすら蹴りつける。
 言葉も無く、無心に暴れるソイルは部屋の中に人が入ってきたことにも気付かない。部屋に入ってきた人物はベッドから少し離れた位置でソイルの行動を眺めた。40代、中肉中背の男は短い黒髪に顎髭を生やし、グレーに白いペンシルストライプのスーツを来ていた。ぱっと見は冴えない普通の男だったが、口元の笑みが声に現れると不気味さが増した。
 男の笑い声にソイルは肩を跳ねさせた。

「ソイル。随分大きくなってしまったね」
「っ…!アロンゾっこれ外せ!」
「外せ?そんな汚らしい言葉使いはいけないだろう」

 アロンゾ・デズリィはにっこりと笑いながらベッドの周りを歩き、ソイルに見せつけるように棒状で噛ませるタイプの猿ぐつわをくるくると回した。

「お前がカルデロを殺したのか!」
「まさか。殺すなと言わなかったのがいけなかったかな?まぁ、部下の非礼だよ。詫びるつもりもない。アイツに売られたのに、肩を持つのかい?」
「この野郎っ!」

 ソイルは自由にならないと分かっていながら身体がアロンゾに飛びかかろうとするのを止められない。ガチっと足の手錠が鳴り、手を伸ばせば首が痛んだ。

「こらこら、暴れるな。八つ当たりなんて。あのガキは、画家として成功したいがために…お前の事を丁寧に教えてくれたのさ。裏切り者を殺してやったんだから、礼が欲しいくらいだよ」
「人の気持ちに付け入りやがって!」

 ソイルが怒鳴ると、アロンゾはやれやれと頭を振って部屋の隅にある防犯カメラに手を挙げて見せた。すぐにアロンゾの手下が2人やってきてソイルを押さえつける。足や身体を捩って暴れるソイルだが、男2人に押さえ込まれて抵抗が出来ない。

「離せ!何がしたいんだよ!触るな変態!俺はもう子供じゃない!」

 押さえつけてくる2人の力にかなわないソイルの口元にアロンゾが猿ぐつわをあてる。唇を引き結び首を振るソイルを見てアロンゾは笑みを浮かべて頬を撫でた。

「途中で取られたソイルを取り返したかった。だってお気に入りだったんだよ?ソイルは全く戻ってこようともせずにトバルコの元でどんな生活をしているのか心配していた。随分時間が経ってしまったから…タイプじゃないかと思ったけど。…これはこれで凄く興奮するな。手放した子、生きていたら連れ戻すのもいいかもしれない。最近は1歳頃で連れてくるからね。みんな僕を親みたいに慕ってくるよ。簡単に躾られて楽しみは減るけれど…この上なく可愛いよ」

 連れ戻した子はソイルみたいに怯えるのかな?と優しく言うアロンゾの手に、ソイルは噛み付いた。突然の行動に驚いて、短い悲鳴を上げたアロンゾは空いている手でソイルの頬を叩いた。手下たちが慌ててソイルをベッドへ押し付ける。後頭部を押さえられ、顔がシーツに埋まったソイルは息苦しさにもがいた。

「っ、まったく…お前は小さい頃から反抗的だったな。変わらずか」

 必死に酸素を取り込もうとしていたソイルはグイッと力ずくで男たちに起こされ、顔を上げさせられる。ソイルは苦しさから荒い息を繰り返した。視線を上げれば、目の前に迫るアロンゾの手に注射器を見て青ざめる。理由は無いが、ただでは済まないことを想定していた。

「ふふふ…子供の頃は注射のそれ自体を怖がっていたのに、今はその先を考えて怯えるんだ…可愛いなぁ。ソイル…君は不思議だね。子供にしか興奮できないと思っていたけど、今とても満たされてる気がするよ。そうだ、ミスタートバルコはどんな風に可愛がってくれたかな?」

 ソイルが抵抗の言葉を発するより早くに針が腕に触れた。針の痛みはなかったが、注がれる液体は痛みを伴って体内に入り込む。ソイルは声も出せず、小さく震えた。呆然と注射針が抜かれる様を目で追っていたソイルは口へ猿ぐつわをされることに抵抗も出来ず受け入れていた。

「大丈夫、リラックスできる薬だ。せっかく取り戻したソイルを簡単に壊そうなんて思ってないからね」

 ソイルの意志に反して身体から力が抜けていく。ゆっくりと下がる頭に、手下の男たちの手が離れる。そしてそのまま部屋を出ていった。残ったアロンゾと二人きりのソイルはベッドへ仰向けに身体を預け、動けない恐怖に心が悲鳴を上げていた。まぶたを閉じることもできず、視線を合わせるように膝を折ったアロンゾを視界に捕らえたままソイルの瞳が潤む。

「こんな色、似合わないよ」

 アロンゾはそう言ってソイルのまぶたを指で上げると変装の為に入れていた焦げ茶のカラーコンタクトを優しく外す。ソイルの本来の青色の瞳に映るアロンゾは満足げに笑みを浮かべている。その目元から、許容を超えた涙がゆっくりとこめかみへ流れた。

「ふふふ、あのトバルコからどうやって逃げだの?教えてくれるよね。ちゃんと言えたら俺の腹心の男を殺してくれたこと、許してあげる。よくも殺してくれたね」

 ソイルはぼんやりとした意識の中でアロンゾの言葉を反芻した。腹心…と考えてギロアの部屋に侵入し、彼の手によって殺されたであろう男のことを思い浮かべた。

「暫くは喋るのも出来ないだろうから、その間は楽しもうか。…僕自身驚いてるよ」

 そう言ってアロンゾは熱を帯び、硬さを増した股間をズボンの上から指先で撫で見せた。

「僕は子供相手じゃなくても勃つみたいだ。けれど、ソイルが初めてだよ…なんだか嬉しくなるね」

 笑みを浮かべたままのアロンゾが、パジャマの肌けたソイルの肌へ手を滑らせる。
 なにも感じない筈なのに、ソイルは嫌悪感に叫ふ。誰にも、自分自身にも聞こえることはない心の叫びはアロンゾの笑い声に重なった。







text top

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -