22



 久しぶりに二人きりになったソイルとクラークはお互いの熱が冷めるまで何度も温度を求めた。そして疲れてくれば自然と落ち着き、子供のように裸のまま転がった。

「あはは!はー、ソファーが革でよかったな」
「笑い事じゃないよ。ソイルも汚れてるから綺麗にしないと」
「誰の所為だっつの」
「自分の所為でしょ」

 だいたい程度に拭いた身体を床に投げ出し、ソイルはぐったりしたままソファーを掃除するクラークを笑った。

「クラーク早くー、シャワー」
「少しおだまりください王子さま」

 脚を伸ばして裸にシャツだけのクラークを蹴り、シャワーを催促するが笑顔でかわされる。ソイルがむすっとして転がるようクラークに背中を向けて数秒後、その背中を冷たい手が撫でた。

「さてシャワーに行きますか」

 担ぐように肩に持ち上げられたソイルはペシッとクラークの背中を叩いて唇を尖らせる。

「お姫様みたいに抱っこしろよ」
「ははっ俺そんなに力無いよ。ベッドまでなら何とかなるかもしれないけど、バスルームまでは遠いし階段だし厳しいと思う」
「えぇーやってみ?」
「却下」

 クラークは笑いながら断りつつ、言葉とは逆に肩に担いでいたソイルの身体を横抱きに変えた。ソイルは一瞬驚きの声を上げ、首へ腕を回し落ちぬように捕まる。

「出来んじゃん!」

 誉めるように髪を撫で回すソイルに、クラークは小さく笑った。
 バスルームに行く途中、それぞれが自由にしている部屋のある廊下を通りクラークは足を止めた。ソイルが、何?と首を傾げる。

「カルデロ…随分散らかしてるみたいだね」
「…スランプか何か?」

 部屋の扉は半開きで、隙間から伺える部分だけても相当散らかしている。おまけに部屋の外にまで絵の具や紙が転がっていた。クラークは紙を踏んで止まったようだ。ソイルは自らクラークの腕を離れてスケッチの紙切れや絵の具を拾って半開きになっている扉の隙間から部屋へそっと入れた。

「絵、俺の所為で売れなかったから怒ってるのかも」
「いや。ソイルに言われたとおりもう少し香料や光を当ててもっと良くしてたよ。熱心に」
「そっか。…カルデロの絵は儚い感じだな。鉛筆の香り、好きだ」

 ソイルは手に残った一枚の風景のスケッチを眺めながら呟いた。それも部屋に戻して静かに扉を閉める。

「オリジナルは売らねえの?」
「…『自分の絵』で食べて行くのは大変だ。どんなに上手くても。カルデロは贋作で相当稼いでるから金には困ってないが、プライドは満たされないだろうから辛いね」
「俺も美術品の勉強は散々させられたけど、正直絵の価値ってよく分かんないなぁ。高価な名作を見たって、ドル束にしか見えないし。本物との違いを探しちゃうね」

 ソイルが眉を下げて職業病?と笑うとクラークは肩をそっと抱いた。

「まぁ、とにかくシャワー行こうか」

 そうだった!とソイルは全裸のまま身体を隠すこともせず悠々とバスルームへ歩いた。誰も知らないこの屋敷は、ソイルが自然でいられる場所となりつつあり、更にクラークの前では自分の恥ずかしい身体も晒せる。ソイルは開放的な気分でバスタブにお湯を貯め始めた。

「カルデロの絵が認められるように俺たちが売り込むってどう?」
「そうだなぁ。カルデロは芸術に関しては気難しいから…本人次第だろうね」
「んじゃ、二人が帰ってきたら話してみようじゃん。暇だし。金はムカつく程貰ったし…」

 俺もみんなの役に立ちたいから、とソイルが視線を強めた。ハッキリとした意志を感じてクラークは心からの笑顔で頷いた。




 コリンは翌朝帰ったが、カルデロは夜になっても帰らずみんなは暗くなった桟橋を時折気にしたいた。全員携帯は使っておらず、通信手段は無い。 

「カルデロの奴いつまで盛り上がってんだ。見た目に反して女にはうるせぇからな」

 コリンははめ込みの大きな窓ガラスから海を眺めながら呟いた。良い女を引っ掛けていたことを思い浮かべて短い坊主頭を掻いた。黒い肌に鍛えられた身体、加えて両肩から背中までのタトゥーが一見近寄り難い雰囲気を漂わせるが、人懐っこい性格と正直な物言いで初対面の人間にも同業者にも好かれていた。コリンはソイルよりは年上で、主に単独での窃盗を生業としていたが、ケンカも強く地元で彼に楯突く不良はいない。
 コリンが窓辺に張り付いているため、ソイルも隣へやってきた。手にはワイングラス。ソイルが差し出すとコリンは喜んで受け取った。クラークはコリンが持ち帰った経済誌を読みながら時計を確認する。約束の時間を過ぎていた。連絡手段を持たないため、時間が四人には大切な軸だ。どうしたのかと心配していると、三人の集まるリビングへ足音が響いた。カルデロがリビングの入り口を通り過ぎてキッチンへ立ったのだ。

「ふぁあ…よく寝た」
「…は?!お前いつ帰ったよ?」
「へ…?あぁ…確か昼頃?酔ってて寝ちゃったよ」

 カルデロはヨレヨレのシャツで洗った手を拭き、水を飲みながら笑った。コリンは大きな溜め息を吐いてワインを煽った。

「ひとこと言えよ!心配しただろうが!」
「酔ってたんだってばぁ」

 ごめん、と茶色い髪を掻いた。カルデロはクラークと同じ30手前程の年頃だが、細くて不健康そうな顔色でとても犯罪に関わる度胸の無さそうな冴えない見た目をしていた。また、冴えない外見とは逆に左右の耳には大小様々な大きさのピアスがはまり、唇にもふたつ、眉にもひとつと不釣り合いだ。絵ばかりに没頭し、あまり人付き合いも無いためマイペース。
 クラークは呆れてソファから立つと自分の部屋へ行ってしまい、コリンはワインボトルを持ってテラスへ出て行った。 

「ソイル一緒に飲もうぜ。世話になったっつうオッサンの話聞かせろよ。すっげえ金持ちなんだろ?」
「ギロアフラム?ダメダメ!盗めねえよ絶対。コリンでも無理!」
「分からねえぞ。それにそこまて言われたら俄然興味わくってもんよ」

 鼻歌混じりのコリンの後ろを追ったソイルだが、ふと足を止めてキッチンへ戻った。未だにキッチンでチビチビと水を飲んでいたカルデロが傍に来たソイルに困った様に笑顔を向ける。

「ソイルまでお説教?気をつけるってば」

 ソイルは頷き、それとは別に言いたかった話を持ちかけた。

「なあ、絵を出展してみねえ?」
「え?」
「個展とか」

 ソイルが思い出しながらカルデロの絵を誉めると、彼は勢いよい首を横に振って逃げるように部屋への階段を駆け降りてしまった。残されたソイルは呆然とキッチンに立ったまま。あれ?と固まった。

「おいソイル!ひとりで飲ませる気かよー!」

 テラスからのお呼びに、ソイルは切り替えるように小走りで外に出た。







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