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 少ない荷物をまとめて部屋を出たソイルとクラークは港に向かうためにタクシーを拾おうと大通りへ出た。通勤時間で混み合った道ではタクシーの確保は少しばかり困難だ。
 ふと、ソイルはクラークの持つカバンを握って引き止めた。

「クラーク、ちょっと待って。ケーキ買っていい?」
「ケーキ?」

 クラークとソイルは通りの向かいにあるカフェを同じように見た。疑問を浮かべるクラークに、ソイルは照れ隠しに俯いて答えた。

「働いてた所の人に…お世話になったから。送別会もバックレることなるからさ」

 ああ、とクラークは微笑み、一緒に通りを渡るとソイルの為に店の扉を開けてやる。ソイルは軽く礼を言い、大きなホールケーキを購入した。
 1ブロックほど離れたレストランまで歩き、裏口を開けて中に忍び込むと、店長が真っ先にチェックする大きな冷蔵庫へ押し込んだ。

「よし!」 
「…ソイルは変わったな」
「ん?」

 レストランを出て裏口に待っていたクラークが呟いたが、ソイルは首を傾げたままピッキングツールで鍵をかけ直した。
 気にしないで。と、話題を変えるようソイルの早技にクラークが感嘆の声を漏らした。

「腕は鈍ってないな」
「あったりまえよ」
「…港でカルデロとコリンが待ってる。行こうか」
「…ああ。久しぶりだなぁ。奴ら元気?」

 クラークは微笑みながら頷いて、少し寂しげなソイルの背中をそっと促した。ソイルはクラークの優しさに頷き返し、平凡で退屈な理想を仕舞うようにゆっくりと目を瞑った。

「ワイン買ってこうぜ」
「島の豪邸にもワインセラーを作ったし、沢山揃えてあるよ」

 やった!とソイルはクラークから離れてルンルンと小走りで通りへ出ると、すぐにタクシーを捕まえた。





 タンタンと速いテンポで発砲音が立て続けに壁へ色を付けていく。二部隊に別れての人質救助を前提とした訓練を、少し上の台からギロアは眺めていた。敵部隊役の方が一枚も二枚も上手で、救出班役はなかなか上手く進めていない。鉄柵に腰を預けてギロアは小さな溜め息を零した。インカムへ手を添え、僅かばかりの助言を不利な方へ伝えた。

「訓練じゃなきゃ全員死んでる」
「はは!確かにペイント跡だらけだなぁ。いいんじゃねえか?こういう訓練が大切だろ」
「あと何百回やらせればいいんだか」
「…なに俺にキレてんの」

 ひどいわ。と言葉の端々に苛立ちを感じさせるギロアの隣で同僚のテリーは唇を尖らせた。

「俺は教育者向きじゃねえんだよ。分かるだろ?」
「分かる。よーく分かる」
「っは」

 本人達は足を引っ張り合いながらも必死だが、上からはちんたら動いているようにしか見えずギロアは額を押さえた。隊長役もぐずぐずだ。やっと人質の部屋に到達したが、部屋には偽物だが爆弾が仕掛けられている。扉を五センチ開けた所で敵部隊の勝ちだ。救出班役は扉を体当たりで押し破ってしまった。

「全隊攻撃止め!反省点をまとめて提出しろ!10分後に再開する」

 ギロアはそれだけ告げて台から降りた。訓練場を横切って次の訓練のプランを取り出す。小さな事務室で同じ様に教官担当のテリーは訓練生の資料を見直しながらギロアを見て首を傾げた。
 トバルコファミリーから上手く抜け出すことが出来た青年がギロアの元から逃げ出した。それについての説教を延々朝からされておりイライラしているはずのギロアは何故か機嫌の良さそうな顔をしている。テリーはハッとして、わざとらしく盛大な溜め息を漏らした。

「苛ついてんのは演技なのかよ」
「気付くのが遅いな。珍しい」

 ギロアは次の訓練内容をファイルへ挟むと口端を上げて事務室を出て行く。テリーは上も手を焼くギロアに呆れながらその後ろに続いた。

「どこに逃げた?」
「俺は知らねえよ。これはマジだ」
「…逃がしたんだな。クビになるんじゃねえのか?」
「それでもいいかもな。正直、俺は組織向きの人間じゃない自覚がある」
「まあ、俺の損得には関係ないから心に秘めておいてやるけどよ。部下を殺されたのにどうして良くしてやったんだ?まさかケイナンが金で動かせるとは思わないが、気になるね」

 ギロアが束の間の休憩を貪る訓練生を集合させる横でテリーは真剣に答えを求めた。ギロアは適当に流そうとしていたが、テリーの譲らぬ視線に微かに笑ってプランファイルを開いたまま小声で答えた。

「あの状況だったら俺もお前も攻撃に出るだろう。あのガキもそうしたまでだ。恨みは持つべきじゃない。クロフォードは本当に残念だった…良い奴だった」

 訓練生が装備を確認し、整列するのをチェックしながらソイルの生き方を僅かに思い返してギロアはファイルを閉じる。テリーの視線は責めるものではなくなり、訓練生に向けられていた。

「あのガキは生きたかがってた。だから助けたくなったと思う。幼い頃からよく諦めなかったよ。死んでもいいって思ってるような奴に俺は真剣に向き合うつもりはねえな」

 それがソイルの魅力でもあると、ギロアは心の中で呟いた。
 少し寂しくなるだろうけどな、と漏らしたギロアの様子が寂しげで、テリーは吹き出して笑った。突然の笑声に訓練生達は怪訝な視線を二人へ向ける。それを咳払いで消したテリーが訓練再開を命じた。

「そんなに仲良くなったんかよ」
「俺みたいな生きる気力もないオヤジによく懐いたもんだよ」
「言うほど無気力じゃねえよ、ケイナンは」

 どうだか、とギロアは鼻で笑い、ヘルメットとゴーグルを着用すると今度は救出班役の隊へ入っていった。

「ほらね、そういうところだよ。頑張ってる奴には人生をあげちまうだろうがお前は」

 あのチームじゃ死ぬな、そう呟いてテリーは特別仲のよいギロアの身を案じながら訓練を見守った。各段に動きのよくなった救出班に感心しながらテリーは評価欄にペンを走らせた。







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