17


 短いシャワーを終えて、ギロアは冷蔵庫からビールを取り出す。ふと、扉を閉める手が止まった。
 ソイルが居座ってまだ短いが、冷蔵庫はずいぶん変わった。1人用の小さな冷蔵庫にはビールとベーコンくらいしか入っていなかったものが、今はこの小さな冷蔵庫にぎゅうぎゅうと食材が詰まっている。レストランでの仕事が意外に楽しくなったソイルは家でも料理するほどになっていた。
 ギロアは静かに冷蔵庫を閉めてビールのフタをシンクへ投げた。口をつけながらパソコンを開き、ソファに脚を伸ばした。
 ひと月は教官役として仕事にあたる。いい人材に目星を付けるチャンスか、と面倒な仕事にも折り合いをつけることにして名簿に目を通していた。ふと、リビングの入り口に気配を感じてギロアは顔を向けた。ソイルが居る。

「まだ起きてたのか」
「子供扱いすんじゃねえ」

 はいはい、とギロアはパソコンに視線を戻した。水でも飲みに来たんですね、と口を閉ざす。しかし、ソイルは入り口で動かず、視線ばかりがギロアに注がれていた。ギロアは小さな溜め息を零してビールを飲み干し、もう一本と冷蔵庫へ向かう。ついでにソイルのものも取り出して肘でソファを促した。

「飲むか?」

 ギロアの言葉に小さく何度か頷き、ソイルは瓶を受け取りながらソファに座った。隣に座ったギロアにソイルは少し驚き、俯いた。
 何も言わず名簿を見続けるギロアの隣でソイルはそわそわと瓶を指先でなぞる。気まずい雰囲気にソイルが目を閉じると、落ち着いた声でギロアは話し始めた。

「…妻だった人はケイナン。同じ名前の古い友達と結婚した。彼女は妊娠してた。俺の子供じゃなかったが、独りで不安がっていた彼女の頼みで、お互い気の許せる仲だったから結婚を決めた。一度も彼女をそんな目で見たことはなかったのに」

 微かに口端をあげてパソコンを閉じ、ギロアはビールの蓋を開けるとソファからシンクへ投げ捨てた。後ろ向きで投げたその蓋は見事にシンクへ入り、小さな金属音が響く。

「なにそれ、バカバカしくね?」
「まあ…そうかもな」
「…で?今どこなの?」
「死んだ。バスの事故で」

 少しの沈黙の後、ソイルは弔いの言葉を小さく口にした。籍を入れて3ヶ月にも満たない間にこの世を去ったと聞いて、ソイルは複雑な顔で瓶の蓋を外しながらギロアの横顔を見る。行儀悪くローテーブルに足を乗せているのが、何故か様になっていてソイルは微かに笑った。

「…なんでそんな話すんの?センチメンタル?」
「お前も嫌な思い出を話したろ。次、いい思い出は?」

 あっさりと話を打ち切り、話題を変えたギロアに一瞬ぽかんとしてしまったが、ソイルは手の中で温まっていく瓶を見つめて目を細める。つい先程までは気まずい雰囲気だと思ったが、普通に隣に座って話せる。ほっとするような、けれど胸がそわそわする感覚にソイルの口元が緩む。そのまま、少しだけビールを飲み込んでソイルはギロアと同じ様にローテーブルへ足を乗せた。

「母親は花とか草とかが好きで、俺も嫌々だけど育てたことがあってさ。…ま、ガキだったし、食えるからってイチゴを育てた。最初の年は無理だったけど、たしか次の年は咲いた。…曖昧だけど嬉しかった気がする」

 名前も“土”って意味らしくて超嫌いだったよ、と苦笑いしながらソイルはビールを流し込む。こんな話して、バカみたいだと思いながらそれを紛らわすために炭酸を取り込む。ニヤニヤした顔を向けているギロアに気が付いたソイルは羞恥から逃れるために羽織っていたパーカーのフードを被った。

「次!あんたの番!一番やっちゃった悪いこと!万引きとか、ヤクとか、ガキみたいなの無しだからな!」
「真面目を絵に描いたような男が俺だ」
「嘘つけ!」

 ソイルは足をローテーブルからギロアに向けてじゃれるように蹴りつけた。それを受けながらも胡散臭い真顔で悪さはしてない、と主張するギロア。ギロアの腹に脚を乗せたままソイルは小さく溜め息を零して目を閉じた。自分の悪行は数え切れないが、目の前の男は違う。そう言うことだと改めて感じて目をゆっくりと開いた。ばっちり目が合い、ソイルが言葉に迷っているとギロアは腕を組んでわざとらしく声を落とした。

「ここだけの話、人殺しの手伝いをした。それを隠すために連邦捜査官になった、とかで満足か?」
「…う…わぁ、超ワルじゃん?」

 肯定するようにギロアは頷いて冗談だよ、とでも言うように微かに笑う。ソイルにはそれが冗談だと思えず、けれどギロアに合わせて頷いた。

「つまんねえの」
「つまんねえだろ?」

 空になった瓶をテーブルに置いて、ギロアは首を回してあくびをひとつ。ソイルは脚をドンとギロアの腹へ落として、ふざけた様子を消した。

「…なんで今更…そんな話してくれんの」
「…俺もここから出て行こうと思うから、せっかくだしな」

 ギロアの言葉にソイルは言葉を無くした。

「その方がお前も出て行きやすいだろ。なんか部屋より俺のこと気に入ってたとは驚いたが」
「ちょ!さらっと恥ずかしいこと言うな!」

 声を立てて笑ったギロアを何度も蹴りながらソイルは頬を赤らめる。少しばかり眉を潜めていたソイルが、俯いて小さな声を絞り出すように呟いた。

「…あんたの傍、安心できる…」

 さっきも追っ払ってくれたし、と唇を噛んで振り払うように頭を垂れる。ソイルが先ほどの男を思い出していると察してギロアは眉を寄せて真剣な目を向けた。

「答えたくなければいいが、なんで奴はお前がここにいると分かった。お前がこの街に居ることが何故アロンゾなんてギャングみたいな組織にバレる?行方知れずで死んだはずであっても、死体が無い以上、念を押してトバルコがお前探すなら分かるが、アロンゾはもうお前に興味が無いはずだろう?」

 ギロアは真剣な声と表情とは反対に、小さく首を傾げて組んでいた腕を解いて襟足を掻いた。ソイルはそんなギロアを見つめながら、確かに今更アロンゾの部下に狙われる理由が見当たらず、ぐるぐると思考が疑問を繰り返す。

「誰か知り合いに会ったか?」
「…友達に…けど、そいつは俺の中で一番信用できるし、マフィアや売買組織を嫌ってて、仕事は専らホワイト。ひとりで行動する事が多いし。俺を売る理由もない。金に目をくらます奴じゃないし、弱味も無い…と思う」
「信じられるか?」

 迷わずに頷いたソイルに、ギロアは頷き返して目元を緩ませた。

「アロンゾを調べてみるか。お前はこらからの事だけ考えろ。…さて、寝るわ。今日はどっちがベッド?」

 自分がベッドだと言うようにソイルは素早く立ち上がった。微かに笑ったギロアに、ソイルも笑いそうになる。誤魔化すように口元を袖で押さえ、ソイルはおやすみと残してソファから離れた。






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