15



 ギロアは立ち上がるとキッチンへ向かい、空のビンを流しへ置いた。腰をシンクへ預け、ソイルに向く。少し考えるように腕を組んで間を置き、立ち尽くしたまま言葉を選んでいるソイルを見つめた。
ソイルの不安そうな視線を見て、僅かに頷いた。

「じゃあなんだ?なんでここにいることがバレるんだ。トバルコほどの大物なら納得も行くが。商売敵か?」
「…アロンゾって…知ってるだろ?あんたなら…」
「アロンゾ・デズリィ?」

 元FBIなら、とソイルが名前を出せば、やはりギロアは言い当てる。車で売春させたり、薬を捌いたり、仕事は安いが幅広く街に溶け込む組織のボスがアロンゾだった。

「奴は二年前に逮捕した。今は州刑務所だ」
「アロンゾは何人もいる。そいつは本物じゃない」

 ソイルの言葉にギロアは微かに息を飲んだ。嘘や冗談ではないことくらい分かる。

「あいつは狡賢い変態野郎だ。子供を誘拐もするし…」
「…お前もか」

 ソイルは二度、頷いてから俯き、震える声を落ち着かせて続けた。

「小児性愛の変態クソ野郎で…俺の他にも何人か入れ替わり立ち替わり奴の家に囲われてた。…奴の好みな年齢の範疇を過ぎたら、…想像つくだろ…?」

 マフィンのバスケットを未だに抱えたままソイルは唇を固く閉じた。思い出すのもおぞましい過去に、未だに震えてしまう。
 小柄のソイルはアロンゾの玩具の中でも1、2を争うほど長く保っていた。声変わりを遅らせる、身体の毛を無くす、柔らかく滑らかな肌を維持するために様々な事をされた。それは大切に大切に扱われるため、殆どの子供は次第にアロンゾに好意すら抱き始めてしまう。大抵は十歳を越えたあたりでアロンゾの手から離れた者達が多かったが、ソイルは十三歳まで手元に置かれた。とは言っても、アロンゾが手放したのではなく、ソイルが必死に逃げ出す算段を立てたのだ。もしあのまま居ればもう少しアロンゾの玩具にされ、児童ポルノか闇市でバラバラにされて出されたに違いない。 
 ソイルがバスケットを強く抱いていたため、形が変形し始める。ギロアは流しから離れ、普段食事に利用するテーブルの椅子を引いて座ることを促した。バスケットをソイルの腕から優しく受け取る。

「話したくないことは話さなくて良い。アロンゾからは無事に逃げられたのか。どうして、トバルコファミリーに?」

 ソイルはギロアが引いてくれた椅子をどこか淀んだ瞳に捉えたが、見るだけで座ろうとはしない。

「…どうしても…逃げたくて…トバルコがアロンゾとの取引に来たとき、アロンゾは俺達を見せて気に入った子を持って帰って良いって媚びてた。だから…トバルコの部下の銃をスった。アロンゾみたいな変態野郎から離れられるなら…誰でも良かった。俺のこと、気に入ってくれたら、クソみたいな場所から連れ出してくれるって思ったから」

 トバルコがどんな人間か等、その時のソイルは知らなかった。
銃を取られたことに部下は数分気付かず、トバルコが興味などない視線を子供たちへ向けている最中、ソイルは足元へスった銃を置いた。話すことは禁じられていたため、視線で必死に縋った。周りの子供たちが折檻に怯え、次第に快楽の虜になっていくのを見ながらソイルは挫けそうになる自我をなんとか保ってきた。逃げ出したい一心と、家族の元に帰りたい気持ちだけで。
これでダメならばもう無理だと、視線に全てを込めた。そして、それはトバルコに見事伝わった。
 トバルコは子供を相手に勃起するような趣味などなく、ソイルの意志と手業、幼い頃培われた美術品に関する知識を見出し、詐欺や窃盗を教え込んだ。稼ぎ手になるまで、長くはかからななかった。
 新しい居場所はソイルには天国。クスリという時間制限と支配物はあったが、自由に多くの国を巡れたし、目的と得るべき金さえ持ち帰れば多くを許された。クラークたちのように友達と呼べる、信頼できる人間と関係を持つことも出来た。
 誘拐されて間もなく何処かへ売り飛ばされてしまったソイルの姉を思えば、とても恵まれた現在があるように思うと、ソイルは小さく言った。

「…さっきのあいつは、アロンゾのそばにいつも居て反抗的な子供を痛めつけてた」

 ソイルは先程の男から何度も与えられたナイフの冷たさと熱さが遺る背中を気にして肩に触れる。跡が残っていることは、クラークとセックスをするようになってから知った。優しく背中を滑るクラークの指先の感覚の方がナイフよりも鮮明で、ソイルは少し安心して緊張した表情を和らげた。

「アロンゾの偽物、あんたが捕まえたの?FBIだったって?」
「そうだ。だが捕まえたのは俺の上司だがな。それに、もう捜査官じゃねえし」
「俺のこと調べたんだろ?だったら突き出すかと思ったよ。なんか、ほら…情報と引き換えとかにして?」

 ソイルがクラークの言った『いつか取引に利用される』という言葉が忘れられず、なんとなく気にしている素振りは見せずに呟いた。もう、お腹も満足していたが気を紛らわせるためにマフィンへ手を伸ばした。マフィンを小さくかじりながら、ソイルがギロアの様子を盗み見ると微かに口元に笑みを浮かべている。視線が合い、ソイルは睨み付けた。

「笑ってんじゃねえよ!」
「警察に突き出されるって心配しながら、なんでここに留まってるのか…よく分からねえからなんか笑えてさ」

 ソイルの為に引いた椅子に、ギロアは座った。頬杖を付いて立ったままマフィンをちびちびかじるソイルを眺める。

「…な、なんだよ!」
「逞しい奴だと思って」

 ソイルは小さく息を飲んだ。ぶあっと身体中の毛穴が開くような感覚と、顔が熱くなるのを感じる。同情や憐れみは想像できたが違う言葉に小さく震えた。ソイルは目を逸らしたいのに、笑顔を向けられて身体が固まっていた。今まさに自分に向けられているのを感じると、ソイルはマフィンを落としてしまう。拾わないと、と思うのに、まさに釘付けとはこれか、ソイルは他人事のように何処かで考えた。

「おい、落ちたぞ」

 呆けているソイルの足元に屈み、ギロアがマフィンを拾い上げた。もったいねぇな、と小さなため息にも笑みが含まれていてソイルは思わず膝を着いてが屈んでいるギロアに抱き付いた。

「っ、協力、するっ…だから、此処にいたい!あんたのそばに居たいっ…!」

 言った。言ってしまった。ソイルの心臓は破裂しそうだったが、このまま終わりに出来るほど大人でもないソイルはギロアの頬を両手で包むと唇を合わせた。

「好きなんだ」

 ソイルは目を逸らさず、真っ直ぐにギロアを見つめた。





text top

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -