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 それから3日間、ソイルはギロアと視線を合わせられずにいた。変わらぬ態度を演じていても、好きだと自覚してしまうといくら否定しても駄目だ。ふとした時には姿がちらつき、視線を感じるといたたまれなくなる。頭ではギロアから離れなければと分かっているのに、出来ない。ソイルはハンバーガーのソースを綺麗に垂らしながら、内心はぐちゃぐちゃに乱れていた。大げさな話、叫んで、走って、あらゆるものに当たり散らしてスッキリしたいとさえ思っていた。

「ニヴァンスー!!今入ってるオーダー終わったら上がって良いぞ。慣れてきたな。仕事が速くて驚くよ。この前のアルバイトなんて……」

 脂肪を揺らしながら気さくに話し掛ける店長の話を笑顔で聞き流し、ソイルは盛り付けながら思う。店長はいい距離感で接してくれるし人間的にも良い人で、ウェイトレスの二人も必要以上にベタベタしてこない。この店での仕事も思いの外楽しめるし、ソイルはこのままこの生活が出来ればいいのに、と小さな溜め息を漏らした。出来上がったお皿をウェイトレスへ差し出す。

「ねえ、ニヴァンス」
「はい」
「六番の席の人が呼んでたわよ」

 その言葉に、ソイルはギクっと身体を固くした。もしかしてトバルコの手先ではないか、昔に仕事を共にした悪党か。ソイルが固まっていると、ウェイトレスの若い娘は六番テーブルへ視線を向けた。同じ様にソイルもそっと覗く。テーブルには相変わらず良いスーツをキチンと着こなしたクラークが優雅に新聞を広げていた。

「……もしかして借金取り?すごく高そうな帽子にスーツだもんね。チップも100ドルもくれたの」
「大丈夫、友達。……実はこの町にくる前に女関係で色々あったから、相手の男かと思ったよ。しつこくて」

 クラークの姿に肩の力を抜き、意外な過去を漏らしたソイルにウェイトレスは小さく笑った。同じ年頃だが、化粧は少しばかり濃い。

「ニヴァンスも男らしいのね。男もちの女に手を出すなんて。……って、褒められないけどね!」
「じきに上がれるって、伝えて貰える?」

 もちろん!と笑顔で料理を運び、その足でクラークのテーブルへウェイトレスは向かった。ソイルはクラークの視線を感じて軽く手を振る。にこりと微笑んだクラークに、ウェイトレスの目がハートになった瞬間をソイルは見逃さず、苦笑いを残して料理に戻った。
 20分程で全てが片付き、店長の指示でエプロンをくるくると巻ながら客席へ出た。席は8テーブルとカウンターが5つ。先ほどまでは満席だったが、既に2組しか店内にはいない。ソイルがクラークの席に近づくと、代金に色をつけてテーブルへ紙幣を置き、クラークは立ち上がった。

「おつかれさま。なかなかおいしかったよ。バーガーなんて久しぶりに食べたけど」
「っは、優雅なもんだ」
「少し話せる?歩きながら」

 クラークに促されて店を後にし、暗くなってきた通りを歩きながらソイルから話題を切り出した。声は少し焦りを含む。 

「もしかして、返事?……まだ、腹がくれない……」
「違う違う。その件は一週間て言っただろ?今日は、ちょっと確認」

 『確認?』とソイルが伺うように復唱し、隣のクラークへ視線を向けた。ぽつりぽつりと並ぶ街灯の下を歩くクラークの姿はどこか絵になるな、と頭の端で思った。ソイルの呆けた視線に、クラークが微かに笑う。

「ケイナン・ギロアフラム。彼、元FBIだよ。知ってて側にいるわけ?どんな取引に利用されるか分からない」
「っ……調べたのか?!」

 立ち止まり、少し声を荒げたソイルをクラークの真剣な目が見つめる。当たり前だと言う無言の威圧に、ソイルは言葉も返せず、けれど睨みつけたまま唇を噛んだ。

「銀行口座も何個かあるけど、海外のまで合わせたら米ドルで一億八千万はあるよ。どう考えたって普通の人間じゃないだろ」
「あいつは少し変わった組織で仕事してるから……」
「そうだね。後援者がいる。でも、どれだけ調べても金の出所はわからない。おまけにバツイチだぞ」

 思わぬクラークの言葉にソイルは瞬きも忘れて固まった。

「……ソイル……いつもの慎重さはどうしたんだよ。明らかに自分の状況を分かつて無い」

 心配させないで、とクラークが眉を寄せてソイルの頬に触れた。冷たい指先にソイルが目を瞑る。

「……す、好きかもしれなくて……味方、してくれんだ、あいつ……上司からトバルコの事を聞き出せるか相談されてるって、教えてくれたし、俺に……」

 『早く出ていけ』って、とソイルは震える声を絞り出した。現実と理想の間で、確かに自分は重要なことを考えながらも蓋をしてきたと思い返す。ソイルは毎日、出て行かなくちゃと思いながら、側にいたいと強く望んでいた。

「……そうか。仮に元捜査官が本当にソイルを心配しているとすれば、そいつにも迷惑がかかるかもしれないって……分かるだろ?所詮慈善組織の人間で、俺達みたいな悪党を拘束する側だ」

 ソイルは頬に触れるクラークの手をそっと外した。暫く黙っていたが、ソイルは意を決したように顔を上げ、クラークの視線を正面から受け止める。

「3日でちゃんと決めるから、待ってくれ」

 ソイルは踵を返して早歩きでギロアの部屋向かった。クラークは暫くその後ろ姿を見送り、角を曲がって視界から消える静かに目を閉じた。

「……子供みたい」

 どうしてもソイルを守りたいと思う。それには仲間と島へ行くのが最良だと考えているし、クラーク自身も望んでいた。それが、突然現れた偽善者のような男にソイルが傾いている事に、少しの寂しさと苛立ちが胸に残る。
 クラークはそれを紛らわせるために帽子を被り直し、夜の町へ姿を消した。






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