11


 

 つかの間の余韻を楽しみながらクラークは戯れにソイルの首筋や鎖骨を舐めた。優しく唇で甘噛みされるくすぐったさに気怠い身体を捩った。

「……俺、帰らなきゃ」
「え?どうして?いいだろ、ガキじゃあるまいし」
「……世話になってる人、留守だから……明日ゴミ回収だし」

 全裸で惜しげもなく肌を晒したままソイルはベッドから落ちた上着を拾って携帯の時計で時間を確認した。クラークが隣で寝そべりながらソイルの腰へ顔を寄せた。

「行くなって。せっかく会えたんだし」
「んー……でも……」

 ソイルのはっきりしない様子にクラークは目を細めてそれを観察した。微かに口元に笑みを浮かべてソイルの上にのし掛かる。

「わかった。そいつが好きなんだ?女?男?」
「す……?好きなわけない!男だし、オッサンだし……ありえねえ」
「なら、俺といてよ。見せたいものがあるし」

 クラークは楽しそうに笑ってベッドを離れ、下着とパンツだけ適当に身に付けた。細身たが、鍛えられた身体に女性が落ちないはずがない。
 ソイルは自分の、なんとなく鍛え途中のような身体に溜め息を漏らした。クラークの後に続いてベッドから降り、下着を身に付ける。

「実は、三日くらい前にお前を見つけてさぁ。でも身形も変わってるから様子見てたわけ。それで、今日仕事上がりを待ってた」
「っは、そんに俺に会いたかったわけ?」

 うん、とクラークは笑い、ソイルは口元を歪めてクラークの答えに少しばかり照れた。

「何か仕事の情報収集でレストランに居るのかと思ったけど違うんだね」
「……クラーク、誰にも俺のこと言わないで」
「……ふむ。どういう事なの?」

 クラークがソイルを見つめる。突き刺さる視線にソイルが黙ると、クラークは追及を止めてクローゼットから大きめの図面用収納筒をひとつ取り出し、中身を床に広げて見せた。ソイルは微かに息を飲み、床に膝を着いてまじまじとそれを見つめた。

「まさか……!ホンモノ?!」
「鑑定よろしく」

 クラークは自慢気に笑い、ソイルは目を輝かせて広げられた有名なフェルメールの絵に張り付く。鼻を寄せ、匂いを嗅いで首を傾げた。

「……ニセモノじゃんか……くそ、騙された。カルデロの絵だろ」
「早っ……そんな簡単にバレる?」
「新しい匂いがする……見た目は凄くイイけど、売るならもう少し手を加えた方がいいんじゃね」

 クラークは大きな溜息を零して頷き、絵画を丁寧にしまう。それからクローゼットの残り二本を見せた。

「この贋作三枚を闇市場で売るつもり。カルデロの絵は完璧だ。こっちのルーベンス、本物を先週、俺とコリンが盗んだから物凄く値が上がってる」
「あー……新聞に出てたかもなそんな記事が……。そんなにすぐに売ったらやばくね?」
「だから闇で売る」

 ふーん、と食い付かないソイルにクラークは不思議な物を観察するように眺めた。

「一緒に仕事しよう」
「……俺は……やめとく」

 はっきりと言葉にして誘ったが、ソイルは悩みながらも断りの言葉を選んだ。落ちているシャツを拾うソイルの手を、クラークが優しく掴む。

「でも、実はやりたくて仕方ないだろ?ソイルの得意分野だ。鑑定士役が必要だし、コリンは……胡散臭いし、カルデロは喋りが下手くそだから」
「……あんまり人目に触れたくない。つか、闇ルートなら尚更、トバルコに繋がりそうだから」
「……まさかソイル……逃げたの?」

 握っている手が震えている。その手を見て、クラークは察した。マフィアやギャングに精通しているわけではないが、クラークにも組織というものは分かる。今まで必死にトバルコの元に戻っていたソイルは弱味か何かを握られているに違いないとは思っていたが、逃げたとなると覚悟がいっただろうと優しく背中を撫でた。

「秘密はお互い様だろ。それに、俺は普段企業相手の仕事だからマフィア関係にはあまり繋がりがない。安心していいよ」
「助かる……正直、クラークにバレたのさえビビってたから」 

 シャツを拾うためにしゃがんだままのソイルにクラークは代わりにシャツを拾って羽織らせた。袖を通しているソイルの不安そうな様子にクラークは微かに笑う。

「俺はソイルのこと好きだから分かったんだよ。あのレストランて、キッチンが小窓から見えるだろ。そこから見えて……一瞬人違いかと思った。ナリが違うから。でもさ、味見?の代わりに香りを嗅いでるの見てソイルだって確信した」

 大抵の物を香りで確認してしまう癖を知ってるから、とクラークがソイルの右手を取って手の甲に唇を寄せた。優しく触れる温度にソイルも安心して微かに笑顔が戻る。

「俺にそんなことしても何も無いよ。……仕事の力にも……なれない」
「別に何も要らないけど」

 ふふっと笑ったクラークの笑顔にソイルが呆れる。女はコロリとだまされるんだろうな、と。

「この仕事で相当稼げる。コリンとカルデロと俺、島を買って整備してる。一緒に行こう。二人もソイルなら喜ぶぞ」

 身を隠すにはこの上ない環境だ。三枚の絵が売れれば少し贅沢しても何年も仕事はいらないだろう。

「……言っただろ。俺の金はトバルコの管理にあるから引き出せば生きてるってバレる……」
「そんなんいらないって。底を突いたらまた四人で稼げるだろ」

 魅力的な誘いにソイルは悩みながら曖昧に頷く。コリンもカルデロも良く知る気の合う男たちだ。一緒に行く、そのためには今回の仕事に協力したい。けれど、トバルコへの繋がりが少しでもある闇市場には出られないと唇を引き結ぶ。何より、ギロアの己を案じる姿がチラついて仕方がなかった。

「ゆっくり確実に稼ぐつもりだけど、十日くらいで答え聞かせて。バイヤー見つけるか、ソイルの力を借りれるか決めないといけないから」

 クラークは強要する様子もなく、変わらぬ笑顔でソイルの頬を撫でる。帰るの?と寂しそうに聞かれたソイルは、朝方帰ることにしてクラークとベッドへ戻った。





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