職場に着いたギロアは仲間と挨拶を交わしながら職場のエレベーターに運ばれる。

「おつかれさんです」
「おー、ケイナン。さっきボスが探してた。来たら司令室に来て欲しいってよ」

 ギロアは馴染みの仲間と一言二言交わして自分のデスクへジャケットを放った。近場の仲間の挨拶を受けながら司令室への階段を上る。
 地下組織といえど、職場はある。世界各地に支所はあるが、ここは一番人が多い。つまり一番仕事が多い。政府が表立って出来ない仕事を、独自に行う。どこにも属さない組織。ボスの顔も知らないが、ギロアは司令室に入って名前を告げた。
 大きな画面には様々な地域の地図と犯罪ファイルがカテゴリー毎に分類され、司令室の職員が優先順位を付けながら各地へ仕事を配布している。ギロアが声を掛けると、画面の端に青い光が灯り、女性の声が答えた。

『アナタの処分が決まりました。ひと月現場を離れてもらいます。新人の教育と指導に当たりなさい。……相当甘くしていますよ』
「はい」
『これからは実弾の仕様を控えるように』
「了解しました」
『トバルコファミリーの情報は引き出せそう?』
「いいえ。あまり話しません」
『そう。あまり先急ぐつもりはない案件ですが、貴重な情報源です。アナタが聞き出せないのならコチラに引き渡して下さい。協力か投獄か。選ぶべきはひとつでしょ?説得しなさい』
「……まあ、やってみます」
『現場謹慎が解けたら、ヨハンの仲間を一つずつ消していきます。アナタに斥候部隊を率いて貰うつもりなのでメンバーを考えておきなさい』

 ボスの言葉にギロアは小さく息を飲んだ。
 失った仲間の顔がちらりと脳裏に過る。

『実力、采配共に適任です。今回もアナタにリーダーを任せるべきでした。襲撃を受けたことは残念です』

 ギロアが断ろうと口を開いた時には、ボスとの通信は途切れた。側にいた職員が口を開いたまま止まっていた。ギロアと顔を見合わせる。

「……何泣かしてんだよ。ボスのセクシーボイスが震えてたじゃん」
「は?!俺の所為じゃねぇだろ」
「実は謎多きボスとデキてて、喧嘩したとか」
「ドラマ見過ぎだろ」

 軽口を叩きながらもギロアは少し沈んだ気持ちで司令室を出た。ボスの声が震えていたことを思い出して顔を手のひらで覆った。殉職した仲間の事が頭から離れない。暫くそうしていたが、近くにやってきた気配に顔を上げた。

「よう、コーヒーいかが」
「ごちそうさま。あ……テリー、お前は斥候メンバー決定だ。オペレーター1人と射撃が得意で素直な人間がいたら紹介してくれ」
「なんじゃその適当なお願いごとは……」
「俺の指示を守れないヤツは連れて行きたくない」

 『死なせてたまるか。』とコーヒーを受け取りながらギロアは静かに言った。仲の良いテリーは先日の出来事とギロアの内心を察して短く、『了解。』と笑顔で答えてギロアの肩を叩きそこを離れた。
  デスクに戻ったギロアが本日の訓練内容を確認していると、メールが届いた。心当たりがあり、直ぐに開く。メールには国内にある刑務所内のトバルコファミリーに関連する人間のリスト。どこの刑務所にも名の知れた悪党がいる。彼らは薬を使われていないのだろうか。刑期も長いがまだ生きている。

「……ムショでも薬を飲み続けられるのか……?」

 もしもソイルが刑務所に行くことになれば、薬を断てたことがバレるだろう。刑務所内のファミリーの追求は免れない。

「……まいったね」

 ソイルの危うい立場を考えてギロアは目を閉じた。なかなか自分の元から離れない上に、昨夜のスリ現場を思い出す。
 いつか捕まる。
 ギロアはやっと働きだし、新しい名前を受け入れつつあるソイルの顔を思い浮かべる。もう少しいい子にしてくれよ、と頭を抱えた。只でさえ犯罪歴があるのだ。次、一度でも間違えば次から次へと暴かれるだろう。
 たとえ拉致され、生きるために悪行を働いていたとしても犯罪だ。親に虐待されていた子供が、その心の傷の所為で誰かを傷つけたとしても罪は子供にある。
 あまり過去を掘り返したくはないが、一度ソイルにファミリーの話題を話してみるか、とギロアは本日何回目になるか分からない溜め息を吐き出した。





古びたアパートの一室で、ソイルはヴィンテージのワインの香りに穏やかな気持ちで目を閉じた。グラスを揺すると香りがふわりと舞う。

「再会に」
「再会に」

 グラスをそっと合わせてから口へゆっくりとワインを流し、ソイルは幸せに口端を上げた。お酒とアイスクリームが好きだった。

「それにしても、なんであんな小さいレストランで働いてるの?何かあるわけ?あのレストランに」
「は?別に何もないけど……雇ってもらってる」

 ソイルはゆっくりとワインを口へ含み、味わうように飲み込みながらネクタイをきちんと締めて己を見つめる男に首を傾げた。相手はまばたきを増やし、グラスをテーブルに置いて腕を組んだ。

「まさか何の目的もなく働いてるの?」
「ああ、そうだよ」

 信じられない、とスーツの男は額を押さえた。濃い茶色の柔らかそうな髪を自然に後ろへ流し、美形の男は上品な仕草でソイルからワイングラスを奪った。

「わ、ちょっ……いってえよ!」

 値の張るワインをこぼしそうになったソイルは身体を押し倒してきた同年代の男を睨み付ける。安物のベッドがギシッと音を立てた。

「どうして?せっかく色々と情報貯めてあるんだ。買うだろ?友達だし身体でいいよ。ソイルのエロい身体が恋しかったし」

 上物のスーツを着こなす男がソイルのシャツの裾から手を滑り込ませる。ソイルはその手を強く握って押さえつけた。

「クラーク!情報とかっ、いらねってば!」
「え?」

 クラークは間抜けな顔でソイルを見つめた。それでも手を侵入させようと蠢き続ける。ソイルは乳首を掠めたクラークの指にビクッと身体を震わせた。

「ほらほら、ご無沙汰だったのはソイルじゃないの?俺に可愛い恥ずかしい所見せてよ。誰にも見せられないアソコ」

 耳元に熱っぽく囁かれ、ソイルはぎゅっと目を閉じた。身体の奥に確かな熱がゆらりと灯る。

「今回の仕事は何時までなの?またすぐ帰っちゃうなら楽しもうぜ」
「っ、仕事……じゃねぇし」
「んじゃ旅行?まさかね」

 薬の事までは知らないが、ソイルがトバルコファミリーの一員だと知るクラークは苦笑いを浮かべた。常にソイルは時間を気にして仕事をし、トバルコの元に飛ぶように帰る。それを知っているクラークは仕事ではないのにアメリカに居るソイルを不思議そうに見つめた。





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