帰宅した二人は一緒に遅ための夕食を済ませた。一人暮らしのギロアの部屋に少しずつもう一人分の食器やマグが増えていく。あまり人を呼ぶこともないギロアの部屋は物も少なく『寂しい』雰囲気が漂っていた。時折、ソイルはそれをからかい、ギロアは苦笑いを返す。

「そんなにブサイクじゃねえのにな」
「しばくぞ」

 ソイルは女の影すら見えない部屋を毎日見回して、わざとらしく溜め息を吐いて見せた。 
    
 



 食後。お徳用サイズのバニラアイスに直接大きなスプーンを差し込み口へ運びながら、黙々と食器を洗うギロアの後ろ姿を眺めた。ソイルはバニラアイスがゆっくりと口の中で溶けていく幸せな感覚を味わいながら大きな背中を見つめる。ギロアを初めて見たのも、後ろ姿だった。とは言っても、あの時彼は地面にうつ伏せ、脇腹には破片が突き刺さり意識も朦朧としていた。本当だったら捨て置けたのに、ギロアが必死に吹き飛んだ仲間へ手を伸ばしている姿を見てソイルは思わず助けてしまった。後々、そのおかげでヨハンという悪党の人身売買組織に攫われた友達の子供を無事に助け出すことが出来た訳だが。
 そして、ソイル自身も助けられた。ロシアマフィアのボス、トバルコの特別な薬から解放された。あの薬が切れたときの苦痛と恐怖は思い出すだけでも震えそうだ。
 だが、どうしてかあの背中があるだけでどこかホッとする。ソイルは理由も分からない感覚にスプーンを咥えたままぼんやりとギロアの背中を見ていた。洗い物を終えたギロアがキッチンから消え、バスルームから水音が届いた。 

「……一言くらい言ってけばいいのに……」

 もっと声を交わしたい。ギロアにしてみればソイルは保護の対象や上司の命令で面倒を見ているだけの存在かもしれなかったが、それでは物足りないと感じてソイルはハッとした。

「……なんで……」

 ギロアに対して、もっと、という感情が膨れる。ソイルは慌ててスプーンをアイスに突き入れた。多めに掬って口へ押し込む。ギロアの微かに笑った顔が頭をよぎり、ソイルはぎゅっと目をつむった。バニラの味さえ遠くに感じて、ソイルは小さな溜め息を残してアイスを冷凍庫へしまうために立ち上がった。






 翌朝。着替えまで済ませたものの、未だに寝ぼけ眼のソイルがテーブルに置かれたコーヒーを眺めていた。手を伸ばそうとしていると、ギロアの電話が鳴る。だらしなく椅子の背もたれに背を預け、だらっとしていたソイルは電話を片手にメモを取っているギロアに視線を向ける。ペンを握る姿もいいな、とソイルはぼんやり眺めた。一言二言交わし、直ぐに話は終わったが、ソイルはコーヒーのカップを置いてテーブルに頬杖を付いて俯いた。胸が痛い。ドキドキして痛いのではなく、潰れそうな感覚だった。
 電話をしながら、ギロアは屈託のない笑顔で話していた。見たこともなかった表情に、ソイルは己の立場を思い知らされる。ハッキリとしたギロアとソイルの距離と壁。友人でもない、ただの保護の対象。親しくなれないのも無理はない。ソイルの薬が抜けてからの経過観察も彼の仕事の一部なのだろうと納得した。

「……早番行ってくる」
「部屋も探せよ」
「うん……分かってるよ。毎日毎日うっせえな」

 言葉とは裏腹に、覇気ない声を残して部屋を出ていくソイルの後ろ姿にギロアは首を傾げた。

「腹でも壊したか?」
「ちげぇよオッサン」
「元気そうだ」

 ギロアは呆れてソイルから視線を変え、出勤の為にジャケットを羽織った。ソイルがとぼとぼ階段を降りていると、ギロアがソイルを追い抜いた。その際、ソイルへ部屋の鍵を投げ渡した。驚いたソイルが反射的にキャッチし、目を大きくしてギロアを見つめた。

「訓練で2日帰らない。部屋が見つかるまでは使ってろ。何かあれば電話しろ。悪さはするな。イイ子にしてろ」

 用件だけ告げてさっさと階段を降りていく背中にソイルは慌てて声を掛けた。

「なあっ、この鍵欲しいっ」
「ははっ」

 ギロアは軽く笑って軽く手を挙げ、あっという間にソイルの視界から消える。ソイルは手の中に残されたギロアの部屋の鍵を見つめ、ぎゅっと握り締めて軽い足取りで階段を降りはじめた。








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