5
三十分も経たずにヨハンのキャンプが制圧され、生き残りは拘束されていく。隊長と思しき年配の軍人風な男が、ギロアの肩を叩き褒めているところをソイルはただ眺めた。殆どの敵をギロアは撃ち殺していた。
隣でそれを見ていたソイルは、恐ろしいと思いながらもどこかで憧れのような気持ちで一杯だった。
約束通り子供たちは全員助かり、温かい毛布とお菓子と共に簡単な検査を施され、トラックへ乗せられている。みんな、涙はあっても恐怖は伺えない。親元に帰れるのだ。
「……よかった」
ソイルの口から無意識に零れた言葉に、そうだな、と声が返った。ギロアがソイルにもトラックに乗るよう促した。
「……俺は……」
「ここで死ぬって?まだ言ってんのか。最後まで諦めるなって」
ギロアはソイルのベルトと腰を掴んでトラックの荷台へ放り込んだ。中は狭く、物置だ。
「ここで我慢してくれ」
ギロアは言いながら自分も荷台へ乗り込んだ。撤退を始め、素早くその場を離れるギロアの組織を荷台から見ていたソイルは呟いた。
「よく出来たチームだね」
「即席だが、訓練期間が少しある。派遣先か決まってから隊員をリーダーが決める方式だ」
「……給料は?」
ギロアは笑って、知れてるぞと言いながら胸のポケットからソイルのピルケースを取り出した。それがソイルの足元に転がる。走り出したトラックの荷台が、ガタガタと揺れてピルケースが跳ねた。
「中身、預かった。お前はいらない様子だったから」
ソイルは答えず、膝を抱えて座ったまま転がるピルケースを拾い上げた。シルバーのそれは、冷たい。
「分析班に回した。同じ物は作れないかも知れないが、似ているものは作れると思うとさ」
ソイルはギロアの話の意図が読めず、僅かに顔を上げて恐る恐る視線をギロアへ合わせる。ギロアはソイルを見ており、視線がぶつかった。逸らそうとしないギロアに引きつけられるようにソイルは固まってしまった。ぎゅっと膝を抱える腕に力が籠もる。
「100パーセントのものじゃないから保証は出来ない。お前が頑張るつもりがあれば、俺は手を貸してやりたいと思う。俺達の実力を見ただろ?政府は森に立ち入れないが、悪党をのさばらせておけない。そこで俺達みたいな組織に依頼が来るわけだ。今頃、政府関係者でヨハンと繋がっていた連中は処分されているだろう」
時間は限られているからよく考えろ、とギロアは付け加えて胡座をかいたまま目を閉じた。
ソイルはギロアの言葉を反芻しながら膝に顔を押しつける。薬が切れた時のことを思い出して心臓が痛んだ。あんな思いは二度としたくない。ドバルコの元に帰るには薬は足りないし、他の組織に薬の存在が知れた今、ソイルが死に物狂いで帰還しても瞬殺されるだろう。ソイルは力を貸すと言ったギロアの声を思い出して膝に埋めた顔を上げた。
「……ケイナン……」
ソイルはギロアに応えようと名前を呼んだが、ギロアは銃に手をかけ座ったまま、ゆっくりと呼吸を繰り返している。寝ている。ソイルは呆然と彼を見つめた。
短い金に近い茶髪も精悍な顔も土や血で所々汚れている。俯き気味でトラックの揺れに合わせて揺れる毛先へ、ソイルは手を伸ばした。速まる鼓動に比例するように身体が熱くなり、ソイルは独り言のように声を絞り出した。
「……助けてくれるの……?」
頼り無い自分の声にソイルは我に返った。助けなど求めるものではないし、必要もない。長年そうやって生きてきただろうと、伸ばした手を引っ込めてぎゅっと握った。がたがたと揺れる硬い荷台で、すやすやと眠るギロアをソイルは睨み付けた。
「くそっ何が諦めるな、だ……俺の状況も知らねえくせに」
ソイルはポケットから折れ曲がった写真を取り出し、裏に書いた住所を確認してギロアの膝に放った。子供の写真だ。
クロフォードのジャケットや装備を外し、ソイルは荷台の外を覗き見る。後ろを走るトラックとは少し距離があり、ソイルが飛び降りても暗くなり始めた今なら分からないだろう。そっと身を乗り出したソイルのベルトを強い力が捕まえ、飛び降りようとする行動を遮った。
「……どこいく」
少し眠たそうな声に、ソイルはベルトを掴む手を叩いた。
「俺は降りる!離せ変態!」
「どこに行くか聞いてるだけだ」
「ここじゃねぇとこだよ!」
ガタンガタンとうるさく揺れる中にソイルの怒鳴り声が混じる。ギロアはそっとベルトを放した。
「助けて欲しいんじゃねえのか」
は?!とソイルは先程の弱音のことを聞いていたのかと、眉をつり上げた。恥ずかしさと、怒りから。だが、ギロアは首を左右に傾けながらゆっくりと目を開き、ソイルを見つめた。
「お前がガキの頃、助けて欲しかったって言ったろ」
憐れみや同情ではない、真剣な眼差しがソイルを捉える。目の前の存在に手を伸ばしそうで、ソイルは自制するように強く拳を握った。
「おっせえよ!今更……っ」
「死ぬつもりなら頑張ってみろ。死ぬ勇気があるなら闘える」
ソイルは瞬きも忘れて強く己を射抜く瞳に壊れそうなほど心拍数が上がっていた。それ以上、視線を合わせていられず、ソイルは差し出された手を見つめる。
「……子供のこと、約束してくれるなら」
ソイルは自分に向けられたギロアの手を軽く叩き落として視線を逸らした。
「信用してやっても……いい」
じゃあ大人しく座っていろ、と微かに笑ったギロアを横目にソイルは少し離れた位置へ腰を下ろした。
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