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「たく……なんでだ」
ギロアは何度目か分からない自問をした。
背中に背負っていた武器を腹へ変え、ソイルを背負って森の中を歩いている。
もう少しで本隊と合流だ。
敵のキャンプをスコープで確認できる距離に足を落ち着け、射撃用ライフルの照準を調節していると、本隊から連絡が入った。
西端の車の爆発が突撃の合図。
その前に煙が上がった所でギロアは捉えられる全ての敵を撃つことを許された。
出来る限り殺すなと言われたが、ギロアは答えず無線を切る。
全員、頭をぶち抜く。そう心に決めていた。
「……ん、痛……」
岩の多い場所にポジションを取っていたギロアの隣で、ソイルが寝返りで岩に身体をぶつけていた。
意識を取り戻したと見て、ギロアは静かにして姿勢を低くするように指示する。
「子供のプレハブは東のひとつだな?」
双眼鏡を渡され、ソイルは痛む頭を押さえながらそれを覗く。
そうだ、と弱々しく頷いて目を瞑った。
「具合はどうだ」
「え?俺……?」
「お前以外居るか?」
スコープを覗いていたギロアが心配そうな視線をソイルに向けた。
すぐにスコープに戻されたが、ソイルは思わずドキドキするほどその視線に惹かれた。
自分の身を案じてくれる者など、片手で数えても指が余る。
「だ、大丈夫……だけど……」
ソイルはポケットから出したピルケースの中身が最後の一つだと確認して、諦めたように口端をあげる。
なぜか、笑えた。
「友達が……アラビアにいるんだけど。詳しく場所を教えるから子供を連れて行ってくれないかな……。金なら結構あるんだ。……あんた、良い人そうだから」
突然何を言い出すかと、ギロアは呆れて溜息を吐いた。スコープを覗いたまま叱るように言う。
「まだ諦めるな。もう少しだろ」
『子供たちは目の前だぞ』とギロアが言うと、ソイルは微かに笑う。
「ちっげえよ……俺はもう、ロシアまで帰れないどころかアラビアまでも行けない。ここで死ぬ」
「……病気なのか?さっきのは発作か」
「ブー、はずれー」
ふざけた物言いに、ギロアはイラっとした。
が、敵のキャンプを睨みながらも双眼鏡を握る手がカタカタと震えているの視界の端に捉えて追及をやめた。
恐怖を感じている。
逆にソイルがポツリと声を零した。
「薬は12時間置きに飲まないと、さっきみたいになるんだ。もし、捕まっても情報を漏らさないように薬も必要な分しか与えられない。少し我慢して、少しずつ蓄えてる……こういう、いざってときのために、みんな」
「みんな?」
「俺のボスに使われてる人間の、殆どの下っ端はそうだよ。この薬で飼い慣らされてる。裏切りや逃亡防止のため。俺は許可をもらって二日だけここに来てたけど、もう2日オーバーしてる。……ま、俺が死んでも代わりは居るし、ほっておいても捕まっても12時間で死ぬし」
ソイルはピルケースを放り捨てた。
何も言わないギロアにソイルは慰めの言葉もないのかと内心で笑った。
だが、彼の仲間を爆死させた自分にはそうかもしれないと微かにほっとする。心配されたりすることにソイルは慣れていなかった。
「また、あんなに苦しむのはゴメンだからね。自殺した方がマシ」
「じゃあ、なんで今までそうしなかった?」
「……俺、まだ19だよ?やりたいことも行きたい場所もあるもん。ボスに使われてたって、やることやってりゃそれなりに自由だし……世界中に仕事があるんだ、俺のボス」
「どんな仕事だ」
ギロアは知っていたが、敢えてソイルに尋ねた。少しの沈黙の後、ソイルは言葉を濁しながら繕った答えを述べた。
「……び……美術品の……保全や研究……」
美術品の窃盗に偽造品の闇市での売買だろ、と言う言葉をギロアは呑み込んだ。
自分に知られたくないのだろうと察したからだ。
「そんな薬を使うボスは普通じゃねえぞ」
ソイルの仕事には触れず、トバルコの名は出さずにボスについて突き詰めると、ソイルは鼻で笑った。
「じゃあ、俺がまだクマのぬいぐるみ抱いてた頃、マフィアに連れて行かれたときに助けに来てくれればよかったのに」
『あの子たちは幸せだね。助けてもらえて』と、どこか嫌味たらしく言ったソイルは、言葉にしてから後悔した。
惨めだと感じた上に、哀れだと思われそうだった。
「そんなことより、いくらで子供をアラビアに連れてってくれんの?」
「……お前が連れて行け」
『無理だって言っただろ!』とソイルが怒鳴った瞬間、ギロアが発砲を始めた。
慌ててソイルはキャンプを双眼鏡で確認する。次々に崩れる人影を見て、手に汗が滲んだ。
「すげ……」
ソイルの呟きは発砲音に消された。
ギロアは休むことなく引き金を引いては装填し、すぐに獲物を捉える。
数秒後、合図の爆発が起こって建物の中にいた敵たちが応戦を始めた。それもギロアの遠距離射撃で次から次に倒れていく。
不意にギロアが射撃を止めてソイルの腕を引いた。
「場所を変える。お前も来い」
しぶしぶソイルはギロアに続いた。岩を降りる際にギロアがソイルの捨てたピルケースを拾うのを見て小さく息を飲んだ。
「フロスト。諦めるのは早い」
無理だよ……とソイルは言いたかったが、有無を言わせぬギロアの背中を静かに追う。
引かれる腕が痛むほど強く握られていた。手袋をしているのに、熱い。
助けてくれるの?本当に?
「……なぁ、……あんた、名前は?」
「ケイナン・ギロアフラム」
「ケイナン……」
ソイルは足早に進むギロアの名前を小さく呟く。
今まで感じたことのない感情に、渇いた喉がごくりと微かに上下した。
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