「連れて行くにしたって、フロスト……お前は銃もないだろ?」
「銃貸して。子供たちが監禁されているプレハブを知ってるよ。アンタが敵を引きつけてくれたら、子供たちを逃がせるかも」
「バカ言うな。どれだけ居るか分からんだろ。子供は足も遅いし、敵の意識全てが俺に向くはずがない」

 ソイルは頷いて俯いた。目的の一人しか助ける気がないことに大きな溜息が零れ、ギロアは頭を掻いた。

「仲間と連絡を取る。お前はクロフォードの装備を借りて来い」

 ギロアは割れて汚れた窓から、木の根元に寝かされているクロフォードの死体を見つけて言った。

「……イヤだ。死体の服なんて着たくない」
「じゃあ俺のを着ろ」

 ギロアはジャケットを脱いでソイルへ投げた。ソイルは受け取ったが、なかなか着ない。

「俺はクロフォードからジャケットを取ってくる」

 ギロアはそう言ってソイルが答える間もなく出て行った。
 逃げられてしまう!と、頭の端で思ったが、ソイルはゆっくりとギロアのジャケットへ袖を通した。これを着れば、ギロアの部隊と共に子供を助け、上手く逃げることも出来るかもしれない。

「……とにかく、もう時間がないんだ……やるしかない」

 ソイルは少しずつ、波のように引いては訪れる頭の痛みと震えに、唇を噛んだ。




 *




 外の様子を警戒しながらクロフォードの遺体が寝かされている木まで移動したギロアは、傍らに膝を着いた。
 冷たくなってしまっているクロフォードの頬に触れる為に、ギロアは左手の手袋を取る。

「……言うことを聞けっ……、バカやろう……!」

 ギロアは溢れそうな涙を堪えてクロフォードのジャケットを脱がせた。
 血が滲み、少し焦げているが汚れとも見える。
 少しギロアには小さいが、それも見立つほどではない。
 ギロアはジャケットを丸めて抱えて小屋に戻った。クロフォードの武器も回収されており、通信機器も無事だ。 
 ギロアが本隊と連絡を取っている間、ソイルは静かにそれを見守る。
 時間と、場所を確認し合い現地で本隊の隊長の指示のもと、子供を救出する手筈となった。

「なあ……やっぱり、あいつのやつ着るよ。……アンタのだと、俺には大きいから」
「そうか」

 ギロアが丸めてあったクロフォードのジャケットを渡すと、ソイルはギロアのジャケットを返した。
 190センチ近いギロアだったが、鍛えられている為か大きく見える。
 逆に170そこそこのソイルは逆に細身で、大分体格差がある。
 何も言わずにジャケットを着て、ギロアから目を離さないソイルは、うっすらと額に汗を滲ませていた。
 ギロアはソイルの震えている指先にも気付いており、準備を終わらせてから呆れたようにソイルに声をかけた。

「辛そうな顔してるぞ」
「え……?あ、いや……」
「ヤバそうだな。こんな場所でもドラッグか?」

 呆れたような、軽蔑したような視線にソイルは俯いて唇を噛み締めた。
 呼吸まで上がってきたことを理解して、限界だと悟る。
 ソイルはズボンのポケットからピルケースを取り出し、残りを確認して目を閉じた。

「……な、なあ……痛み止めとか、あるだろ?くれよ」
「なんだ?マジで薬切れか?」
「帰国するときに取っておかないと!子供の前で禁断症状が出たらどうすんだ!」

 ギロアは冷めた目を向けて、『知るか』と言って立ったまま壁に背を預けナイフを確認し始めた。
 ソイルは手のひらに爪が食い込むほど強く握り締めた。
 視界がふらつき始め、まずいと頭の中で警告音が聞こえる。
 ソイルはあと2錠しかない薬を思い浮かべて、意を決した。なりふり構っていられない。

「な、なんでもするから……痛み止めで少し薬を飲まなくても居られるんだ……」

 跪いてギロアの膝に手を置き、ゆっくりと内股に手を滑らせたソイルに、ギロアはぞっとして振り払うように身体を離した。
 男を誘う仕草に驚く。

「お願い……頼むよ……この薬、は……特別で……」
「は、てめえとはやっぱり行動できねえ」

 ギロアは痛め止めをソイルに放った。とは言っても殆ど爆発の時に散らばって数錠しかなかった。
 ソイルはそれを取ると、慌てて口に放り込んだ。
 言葉通り、本当に置いて行くつもりのようで、足早に小屋から出て行くギロアの後ろ姿を慌てて追いかける。

「ま、待てって!……わっ」

 ふらつく足をぬかるみに取られ、ソイルは地面にぶつかった。
 ーーどうして痛み止めを飲んだのにこんなに頭が痛いんだ?
 ソイルは自問する。
 ーー痛み止めを飲むのが遅すぎたんだ。
 そう、理解するのにさえ数秒かかり、脳内に蘇る己の主人、トバルコの卑劣な笑い声が響く。
 何度か同じ立場の仲間が目の前で同じ様な状況に陥るのを見たことがある。
 薬が切れて、のた打ち、涙や鼻水、尿まで垂れ流して絶叫していた。
 そして糸が切れたように命が消える。
 ソイルは全身の力が抜けているのに、凄まじい痛みが身体を巡ってくるのを感じて息を詰めた。

「っい"……!ぐぁ、あっ!?ッ、ああ"ーーーー!!!!」

 呼吸も忘れたように出来ず、土の上をのた打つ。
 視界が赤らみ、恐怖で目を閉じたい。
 でも出来ない。
 ソイルは残った2錠を思い出したが、もう遅かった。身体は痙攣を始めている。
 意識が飛びかけている最中、歯をこじ開けて喉奥へ何かが侵入してきた。
 ソイルは不自然に力が籠もって歯を噛み締める。
 喉へ押し込まれる柔らかいものも、噛み締めるともの凄く硬い。
 ソイルはえずきながらも喉を通ったものに微かに涙が零れた。
 口から抜かれた温もりは、ギロアの指だ。
 ソイルが噛んだ所為で皮膚が裂けて真っ赤に濡れている。

「おいっ、どういうことだ!しっかりしろ!フロスト!」

 ギロアはソイルの頬を叩いて、名前を呼ぶ。
 ソイルはそれを遠くに感じたが、痛みが少しずつ引いていくのも確かに感じていた。そのまま、眠るように意識を手放す。

「おい!フロスト!」

 脈を確認するために首に手をやったギロアは固まった。
 首の根本、鎖骨辺りにちらりと見えたタトゥーは、やはりトバルコファミリーのエンブレムだった。








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