男が泣くな。
 ギロアは実際に戦闘を体験したことのないクロフォードの肩を強く叩いた。
 仲間の死は、まだ若いクロフォードには辛いものだと分かる。ギロア自身悔しさと悲しみで叫びたいところだ。
 こんな予定ではなかった。
 ただの斥候部隊として八人で行動していたが、隊長は少しばかり油断していたことが思い浮かばれる。敵との接触はなかったが、あちらはこちらに気付いていたのだろう。

「ギロアフラムさん、俺頑張ります」

 ああ、守ってやるからついて来い。
 クロフォードに向けた言葉がギロアの意識の中を通過する。
 ふと、目が覚めたギロアは視界にある古びた木造屋根に目を凝らした。
 最後の記憶は森の中、土の上、それから熱。

「く、クロフォード……」
「連れは吹っ飛んだよ」

 軋む身体に鞭打ってギロアが身体を起こす。
 汚れた床に転がっていた。落ち葉や土にまみれたこそは、小屋のようだ。
 ギロアは声の主を見上げた。自身を見下ろすように立つ、あの若者だ。

「……お前は……」

 ウェーブがかった黒い髪に、青色の相貌が覗く。
 眉を寄せ、どこか悲しげな表情とは変わって、冷たい言葉が被せられた。

「あんたらのせいでヨハンのキャンプから遠のいた。折角近付いていたのに……」
「ヨハン……奴らの仲間か」

 ヨハン。犯罪組織の幹部の名だ。
 未だに耳なりが遠くに感じてギロアは目を閉じたが、若者は起き上がりきれないギロアの肩を踏みつけて眉を吊り上げた。

「仲間?!っざけんな!あんたこそ、俺を殺しに来たヨハンの仲間じゃねえの?」

 踏みつけられた肩の鋭い痛みにギロアは息を詰めた。
 肩と脇腹に激痛が走り、視線をやれば、戦闘服に血が滲んでいる。もう時間の経った色で、今は出血が無いようだ。

「俺たちはヨハンの組織がしている犯罪を妨害しに……」
「……嘘吐くな!政府は目を瞑っている上に、ここには軍も入れない!」

 相貌を細めて肩を踏みつける若者の言葉は真実で、実際ヨハンという悪党はこの森を支配している。
 ギロアは、己の所属している組織は公ではない地下組織のために言葉に悩んだ。

「……民間の救出班に配属されている……」
「信じると思う?」
「クロフォードを見ただろうっ!奴は丸腰でお前を助けに……!」

 怒りを顕著に示して声を荒げたギロアに、若者は表情を固くした。
 睨み合っていたが、ふいに肩の足が離れる。
 ギロアは呻いて肩を押さえた。

「……ヨハンの仲間は……容赦なく敵を殺すから。……だから、仕方なかった……やらなきゃ、やられる……」

 クロフォードを吹き飛ばした事を言っているのだと察して、ギロアは歯を食いしばった。
 鼻の奥がツンと痛み、目頭が熱を帯びる。 

「……っ」

 守ってやると、嘘を吐いた自分に大きな罪悪感がのしかかる。
 クロフォードは己を信用していた。裏切りも甚だしい。
 例えそれが予想外の爆弾でも、もっと自分がしっかり手綱を握っていればよかったと涙を耐えた。
 痛む肩を握り締め、身体を起こしたギロアから、若者は数歩離れて様子を伺っている。

「……ヨハンたちは早々に撤退準備を始めてる。あんたらが関係してるんだね」
「そうか……そろそろ仲間たちが到着するはずだ。勘づかれたか……まぁいい。撤退前に子供だけは助け出す」

 ギロアが上着を脱ぐと、肩は浅い切り傷で申し訳程度に布が押し当てられている。脇腹の布を取って傷を見れば、これまた酷い縫い方がされていた。

「……はは、ヘタクソ」
「うっせえよ!感謝しろ!破片が刺さってたんだからな!消毒は適当だから死んでも知らないっ」
「っは。……敵だと疑って、何故助けた」

 ギロアは布を当て直し、応急処置の包帯を器用に巻き始める。
 その慣れた手付きを見ながら、若者は少しの沈黙の後、仕方ないという様子で声を絞り出した。

「ヨハンの仲間を捕らえて、キャンプまでの安全な道を聞き出そうと……」
「お前みたいな奴が何で。どうみても……場違いだろ」
「……関係ねえし」

 だな、とギロアは追求せずに上着を羽織り、よろつきながら立ち上がる。

「俺の装備は無事か」
「……なんで」
「仲間に合流する。上手くポジションを取れば敵の見張りから、キャンプ内の人間も窓際に立った瞬間撃ち抜いてやる。仲間の仇だ」
「……あんたの属してる組織は……人殺しもすんだ?」

 ギロアは最早答えず、鋭い眼差しで睨み付けた。

「温いとこ抜かして、この様だろう。罰は覚悟の上だ」

 低く、声にさえ鋭さを感じて若者はゾクッとしたものに支配された。
 これは己のボスと同じ、支配者の雰囲気だ、と。
 若者はギロアの武器を一式纏めてある部屋の隅を指差した。ギロアがそれを拾い上げるのを見て、若者は意を決したようにギロアの前に立ちふさがった。

「……俺も連れて行ってくれ」

 は?と怪訝な顔でギロアは若者を見た。
 こんな状況下で、身を守るために爆弾を使ったことは仕方ないとしても、仲間の一人を吹き飛ばした人間だ。
 少なからず嫌悪と怒りは抜けきらない。

「俺はソイル。ソイル・フロスト……友達の子供がヨハンに捕まった。情報は共有するから……お願い」
「ソイル・フロスト……!?」

 復唱したギロアにソイルは思わず身構えた。
 驚きを隠せなかったギロアだが慌てて取り繕うように平静を取り戻し、装備を確認していく。
 ちら、とソイルを見たギロアと二人の視線がかち合った。
 ソイルは思わず本名を名乗ってしまった事を後悔しながら、ギロアの様子をじぃっと見つめた。

「まあ、なんだ……助けなら俺達に任せろ」
「……無理。……その友達は犯罪者で逃亡中。嫁さんは子供が誘拐された際、抵抗した所為で射殺されてる……だからあんたみたいな正義の組織には子供を渡せない……どうせ施設とかに入れられちゃうんだろ」

 お願いだ。と目を見て真摯に訴える姿にギロアは静かに悩んだ。
 目の前の若者、『ソイル・フロスト』は連邦捜査局では知らない者などいない、捕まえれば大手柄の巨大な組織のメンバーの名前だと思われた。
 名前も、年の頃も資料通り。ロシアで名を馳せるトバルコファミリーがアメリカでの活動に使っている人間のひとりがソイル・フロストだった。
 いくつもある偽名からではなく、本名を名乗った彼の真意が分からず、ギロアは同姓同名だろうと己を納得させた。







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