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 数日も経つと、人の行き来も、街の様子も、以前と変わらない姿に戻った。
 警察も、この辺りを仕切る青樹組の人間も、変わらず遠くから牽制しながら均衡を保っていた。
 時折揉め事はあっても日常的ないざこざだ。 
 少し温かい日も増えてきた頃、想はまだ陽が高い間に店の窓を拭いていた。同じく島津も。蔵元は内側から。
 少し汗ばむくらい作業に夢中になっていた想と島津に、明るい声が届いた。

「お疲れさん!昼食買ってきたぞ。牛丼だけどな」

 労りの言葉と共に声を掛けてきた古谷に、想も島津も軽く手を挙げて応じた。

「ありがとうございます。お腹空いてた」
「あざす」

 捲っていた袖を下ろしながら三人が店内に入ると、蔵元が奥の席にお茶を運んでいた。
 蔵元と古谷が先に座って談笑を始め、手を洗って席に着いた想と島津に古谷から大判の写真が回される。

「あ?この人なんとか議員って、この間汚職疑惑あったろ。古谷さんこいつ調べてるんすか?」
「そうだ」

 『いただきまーす』と、想は箸を割りながら古谷と島津の話に耳を傾けた。

「実は、高級デリヘルを取り扱う店のオーナーから頼まれた。店の女の子が暴力されているんだ、コイツに。金や弱みで黙らされているが、もう限界だと」
「サディストの汚職議員かぁ……マジうけるねぇ」
「そのデリヘルの店はSM不可なんですか?」
「いや、可能な女もいるがその議員は誰にでも強要する。それも殴って無理矢理するんだと。SMの方がマシだろうよ。お互いに分かり合ってやるんなら。この議員は強姦願望があるんだろうね」

 うーん……と全員が言葉を濁し、古谷の持ってきた資料に目を通しながら昼食を進める。
 ふと、蔵元が大袈裟に首を傾げて議員の写真を眺めた。

「汚職もそうだけど、どうやって騒動を収めたのかねぇ?あんなに騒いでいたのにパッタリじゃね?」
「確かに」
「何でだろうなぁ、有沢」

 古谷にジトッとした視線で名指しされ、想は箸を落としそうになった。
 島津と蔵元の視線も想に集まる。

「ははっ、そういうことか」

 島津は、古谷が想を見つめていることから、原因は新堂にあると察して笑う。
 想は口の中の飯を飲み込み、眉尻を下げてポツリと答えた。

「……その、それは漣が、上手く揉み消したみたい」
「さすが新堂さん。仕事に抜かり無し」
「こらこら!島津ぅ!」

 蔵元の突っ込みが島津の肩に入ったとき、古谷はテーブルの下の想の足を軽く蹴った。
 想が古谷を見ると難しそうな顔だ。

「俺はこのクソ野郎を懲らしめるつもりだし、被害者達に手を貸して欲しいと言われてる。お前、出来んの?アイツに邪魔されて大丈夫かよ」
「俺がする事と、漣がしてる事は関係無いです。ぶつかるときはぶつかるし、漣だって悪い大人だって分かってて手を貸してる。いつその手を離して奈落に落とすかは分からないけど……」

 古谷の強い意志と正義感が伺える言葉に、想は真剣に答えた。

「ふうん」

 古谷は新堂漣が大嫌い!というオーラ全開で適当な返事を返して牛丼を食べ終えた。
 そんな二人のやり取りを見ていた島津が空気を変えるために書類を丸めて想の頭を叩いた。

「いたっ」
「んじゃ、さっそくコイツにはどんな社会的制裁をくれてやろうか」
「妻帯者なのにセックスはプロのお世話になってるって知れたら世間は引くんじゃないですか?しかも変わった性癖。偉い人ほど知られたくなさそう」
「裸に剥いてSM好きだって事を記者にでも撮らせてみたらぁ?プレイの延長〜って感じで?」

 悪戯の計画でも立てているような若者三人に、古谷は大きな溜め息を吐いた。
 想たちは、依頼者から報酬を受け取ることは無いし、完全に身内のみで行動する。
 固い結束故にどこから情報が漏れることはない。けれど、古谷は商売として依頼者から金を受け取り、成功報酬を得ている。少しずれている感覚に額を押さえた。

「ん、まぁ……それでいい。写真を撮ったらソレを元に慰謝料を請求して女の子たちにも店にも金を回す。それから手を出さないと誓約させるかね」

 速く、正確。
 それにつけて文句はないから良しとしようと、古谷は仕事モードで詳しい計画を話し始めた。

 







「有沢!今夜はお前シフトに入ってないって?じゃあどこかメシでもどうだ?」

 一通りの計画案をまとめ、開店まで一時間程残していた。
 島津と蔵元は夜の営業に向けてそのまま店内で仮眠をすると休憩室に入ったが、休みを取っていた想が帰り支度をしていると、古谷は書類をまとめながら想を誘った。

「たまにはどうよ。あ、下心が無い訳じゃない。始めに言っておく」
「下心を俺に出してどうすんですか。今日は無理ですよ。漣がご飯作って待ってます」

 照れるよに小さく笑う想に、古谷は微笑んだ。
 好意を向けた言葉や冗談も、想は上手く受け取るようになっていた。眉を寄せることも減り、古谷との関係に息を詰まらせる様子も無い。
 古谷は想の肩に腕を回して身を寄せた。

「なんかあんまりにも仲が良さそうで腹立つんだもーん」
「もっと若くて可愛い女の子ナンパしてください」
「分かってないな。若けりゃ良いってモンでもねえの!」

 『それは同感です』と想は苦笑いして身体に纏わりつく古谷と共に店を出た。
 なかなか離れない古谷をど突きながらなんとか鍵を閉める。

「あの、すんごく邪魔です」
「俺の匂い付けてやる」

 やたらに擦り寄る古谷の身体を押し返そうともがいた想は、押さえ込みが上手い古谷に呆れて、わざとらしく大きな溜め息を吐いた。

「こどもみたい」

「ははっ!ひでぇな」

 ふたりは呆れたように少し笑って、大通りまで歩く。

「古谷さん、お昼ごちそうさまでした。ご飯、またね!」

 想は別れ際にそう言うと、古谷に笑顔を向けた。
 向けられた笑顔に古谷は軽く頷き、走り出す背中を見つめる。
 想の姿が人混みに紛れると、古谷は微かに眉尻を下げてから、帰路に足を踏み出した。







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