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「おい!有沢想ぉ!」
帰ろうとする想の背中に、矢田部の低い声が突き刺さった。
「有沢さんよぉ、あんたにも情報屋がおるやろ。今頃どないなっとるか見ものやな」
想は矢田部の顔を横目で見た。
表情は諦めて状況を受け入れているのに、口端を上げて挑発するように見ている。
「おい、行くぞ」
島津が想に声を掛けたが、想は矢田部を見たまま動かない。
想は情報屋などいないと言い返そうとしたが、古谷の姿が思い浮かんでいた。
シマコの所為で古谷が青樹組側の密偵だったことはバレている。だからこそ古谷の上司である春海の店が放火にあった。
想は指先が冷えるのを感じて携帯を取り出した。
矢田部の言葉が届いていない島津が想の傍に戻り、怪訝な顔で肩へ手を乗せた。
「どうした?」
「くくっ……あんたらの情報屋は今頃ゴミ捨て場やって教えたったんや」
「情報屋……?……有沢、古谷さんに連絡して見ろ!」
想は今かけてる……と不安そうな顔で島津へ視線を変え、呼び出し音に耳を澄ませた。
「島津、想くん、警察くるよ!」
蔵元の想と島津を呼ぶ声に二人は顔を上げ、古谷を呼び出しながら歩き出した。
「もおちょい時間がおうたらこんな無様なことにならへんかった……ちくしょう!」
想は矢田部などもう気にもなっておらず、車に乗り込んだ。
島津は矢田部へ一度視線をやり、中指を立ててから想と同じく車に乗る。
「二度とツラ見せんな」
「島津、想くんお疲れ。て言うかさ、二度と会うことないんじゃないのかねぇ?」
「だったらいいけどな……有沢、そっちは?」
蔵元はふたりの変わらぬ姿に安心したように表情を緩めた。
想と島津もそんな蔵元につられて微かに笑みを向け合う。
だが、想は不安気に眉手を寄せ、もう一度かけ直したが、古谷は電話に出ない。
想はもう一度発信するために一旦呼び出しを止めた。車を運転し始めた蔵元がバックミラーで二人を伺う。
「どうしたの〜?」
「古谷さんをゴミに捨てたって…関西ヤクザが」
まじ?!と蔵元は驚き、目を大きくさせた。
「さっきまで岡崎組の怖そうな人と一緒にいたんだけど、青樹組の希綿さんお抱えの情報屋が怪我したとかで古谷さんは付き添って総合病院に行ったポイこと聞いたぞ?電話に聞き耳立ててただけだから……確証はないけどさ」
「病院……」
それならば電話が繋がらないこともあるかもしれないと、想は島津を見た。
「……俺と蔵元で店始めてるから、島津、様子見てきてくれないかな……」
「は?てめえで行けよ」
「古谷さん苦手だから……やだ」
「じゃあほっとけ。病院なら死ぬこたねえだろ」
『そうだね』と想が不安げな様子のまま笑うのを見て、島津は襟足を掻いてわざとらしく大きく息を吐いた。
「心配なら行けよ。古谷はもう警官じゃねえし、いい奴だ。有沢のこと、めちゃくちゃ好きだし。そろそろ……」
「そろそろ?島津までそんなこと言うんだな」
明らかに苛立ちを含む想の声に、島津はそれ以上言わなかった。
ピリッとした空気になり、蔵元は内心勘弁してくれと思いながらアクセルを踏み込む。
帰宅ラッシュ一歩前の賑わいだした大通りを抜けて、病院まで飛ばした。
車内がピリピリし始めて数分後、総合病院に車を止めた蔵元が後部座席を覗く。沢山の機材に埋まるように座っている二人に苦笑いを向けた。
島津は腕を組み目を瞑っていて、想は靴を脱いで膝を抱えて車内にあったであろう蔵元のノートパソコンをいじっている。
「あー、想くん、病院ついたから降りて。俺は凌雅さんに機械類返しに行くし、店には渦中の人では無い島津が出るべきだからさ」
「……蔵元も同じ事言う?」
想は動かず、パソコンのニュース記事に目を通しながら弱々しい声で蔵元に訊ねた。
蔵元は鼻で笑い、想のネクタイの結び目を引っ張った。
「俺はガチの恋愛なんてしたことないから、想くんの気持ちは分かんないんだよね。その気になれば俺は想くんとだってヤれるよ?たぶん。……俺だったら新堂さんが帰るのか知らないけど、古谷さんを利用するね」
押し黙り、俯く想に蔵元は続けた。
「なんで想くん女の子にもモテるのに遊ばないの?もったいねぇって思う。そう言うところが好きだけど、おバカさんだよね。一回や十回溜まったら誘ってみ?古谷さんも今回は疲れてるだろうから、顔見せてやればいいじゃん!喜ぶよ」
蔵元はそっとネクタイを離して後部ドアを電動で開け、想に出るように促す。
既に一度寝ました、と言い出せない想はこわばった顔のまま靴を履く。
「ま、想くんは真面目だから無理かもねー……新堂さんを待ってる想くんて未亡人ぽくてそそるんだろうな」
蔵元は努めて明るく冗談のように言った。
想は無理矢理笑みを返し、仕方ないという様子で車から降りて受け付けへ入っていった。
蔵元が今度は店の方へ走り出すと、島津は閉じていた目を開いた。
運転している蔵元の方に移動し、深刻な声で小さく告げた。
「社ちょ…じゃねえ、新堂さんは帰ってくると思うか?」
「ん?なんで」
「俺、月1で報告してるから。失踪してすぐからずっと頼まれてた。こっちから一方的な送信だけだけどな。返事もないし」
言葉を無くした蔵元がぽかんとした顔で島津を横目に見る。
「想くんは知ってんの?」
「誰も知らねえよ。お前だけ。今言った」
「でも、さっき……古谷さん推してなかったか?」
島津は蔵元の言葉に静かに頷いた。
「表にでる分のこの界隈の事や青樹組傘下の関わっている事件、そんな報告だが、今回の関西ヤクザの件も触れて急いで報告した。でも、助けに来なかったし……連絡もねえし……死んでんのかなって」
いつものように張りもなく、威圧感もない島津の言い方に蔵元は声をかけようと思うが言葉に困った。
蔵元は島津が新堂を心から尊敬していることを知っているため、想のことを抜いても死んでいるという結論は、あまり出したくなかったであろうと思ってハンドルをぎゅっと握った。
「もう部下でもねえのにまだ命令聞いてんの?島津可愛い」
「あぁ゙?ぶっ飛ばされてえの?」
しん……とした雰囲気がガラリと変わり、蔵元はホッとして店の通りに入る路肩に車を止める。
「はい、仕事いってらっしゃいなぁり」
島津は車のドアを閉めながら、ありがとうと蔵元に小さく伝えて開店間際の店の準備のために通りを曲がった。
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