28







 真冬の河川敷の寒さに島津はダウンの前を閉めた。真上は橋があり、日陰で寒さが強い。
 夕方になって益々寒さが増していた。

「かれこれ十分は経ったやろ。まだかいな」
「ええ、自分で持ってたら危ないんで。もうじき知り合いが持って来てくれるんで。もう少しくらい待てって」

 袖川組の若頭補佐たちはイライラとタバコを何本も消費している。
 若頭は腕を組んで仁王立ちしている島津と睨み合っていた。しかし、表情は楽しげだ。

「有沢想か。情報がオモロい程無いのは何でや」
「いろんな人が守ってくれてんだよ」
「ほう……気になるやん」
「……スカウトは受け付けてねぇから」

 島津は若頭の視線を邪魔だと言うように手のひらでシッシッと払い、白い息をハァっと空へ吐いた。
 遠くの、ひとつ向こうの橋に蔵元のワンボックスが見える。島津は視界の端でそれを確認して目を伏せた。
 不意に袖川組若頭の視線が外れ、島津も其方を伺う。
 本物の有沢想が、中年太りな男に肩を貸して河川敷へ降りてきていた。
 島津は想が無事に八嶋を確保して、ここまで来たことにホッと息を吐いた。組んでいた腕を解いてポケットへ突っ込む。
 想も島津の無事を確認して僅かに口端を上げた。
 肩の男はしゃくりあげながら無理矢理歩かされている。

「おい!なんやねん小僧!」

 タバコを吸っていた補佐達が想に向かって怒鳴った。
 想は島津の隣まで男を引きずりながら来て足元に捨てるように下ろした。

「どうも。有沢想です」

 想が名乗ると、袖川組連中は顔を見合わせてから足元の男に視線を変える。
 八嶋はマスクを外され、ガムテープを剥がされて咽せながら唾液に塗れたネクタイを吐き出した。

「有沢はふたりもおるんかいな」
「なんでここに八嶋がおんねん」
「どういうこっちゃ」

 想は八嶋の腹へ足を乗せると、転がすように袖川組の方へ転がした。
 撃たれた手と足の痛みに呻いているが、傷口にはガムテープで巻かれており、怪我の程度はぱっと見はわからない。撃たれた重傷だが。
 八嶋は苦しそうに袖川組若頭へ縋った。

「は、はっ……矢田部さん……こいつら我々をハメようとしてます……始末、して下さい!」
「そら無理やろ。まだ大事なモンをもろとらん」

 矢田部と呼ばれた若頭が冷たく八嶋を見下ろした。

「その男、俺とこっそり取り引きしようとしてましたよ」

 想がスーツのポケットからボイスレコーダーを取り出して再生し、音量をマックスまで上げた。
 録音内容は先程のホテルでのやり取りで、八嶋は益々顔を青ざめさせた。
 島津が想の腰を叩き、予想以上の証言に口端を上げた。

「やったな。さすが〜」

 想はにこっと笑って、『島津のおかげだよ』と同じ様に腰を叩いた。

「……どう言う事やねん。俺らは捨て駒かいな」

 低く言う若頭矢田部の声に、八嶋は地面に倒れたまま何も答えられずにいる。
 ーー殺される。
 八嶋が目をきつく瞑った。

「だがのう、クソガキども。こないなコトしたってどうなるっちゅうねん。俺らが八嶋を殺してお前等も始末しよったら終わりやろ」

 島津は少し遠い橋を指差した。
 若頭矢田部以外全員が指先の方向を振り返る。
 想が橋の上のワンボックスを見ながら説明した。

「この集まり、庵楼会の会長と青樹組の希綿さんのところへ生中継だから。余計なこと言っても、しても、アナタ達の様子は庵楼会が見てる。たとえアナタ達と庵楼会がグルでも、庵楼会はアナタ達を切り捨てると思うけど?」
「暴行に放火、脅迫も。みんな迷惑してんだよね。お仕置きしてもらえよ。それに、俺たちガキって歳じゃねぇから、クソガキって言われるとムカつくんだよな。クソヤクザの癖に調子に乗ってんじゃねえよ」

 島津の言葉に頷きながら想がUSBメモリーを八嶋の手元に放った。
 慌てて手を伸ばす八嶋の手を、若頭矢田部が踏みつける。

「八嶋さん、どうしてくれるんやろうね。オヤジも青樹組も見てるなら、恐らく俺たちは切られますわ。しかも金もぎょうさん積まなあかんやろな。関東ヤクザに土下座させられとるかも分からん。オヤジが可哀想やろ……。八嶋さんがちゃんと連絡くれはりましたら、こんなガキにハメられることなかったんと違いますかね」

 八嶋の傍らにしゃがみ込み、若頭矢田部は静かに責めるように言いながら懐からバタフライナイフを取り出した。

「あー……裏切ってたんやな。そうや」

 器用に刃を出し、ガムテープの上をツンツンと遊び、ザクッと手の傷を刺した。

「もう、逃げられへんのなら後悔無いように始末は付けんとあかんので」

 矢田部は口元に笑みを浮かべ、八嶋の口を片手で塞ぐと腹へナイフを突き刺した。ぐっ、ぐっ、と力を込めると、八嶋はショックから気を失った。
 数秒で息を引き取るだろう。

「……まんまとやられたな。下の連中に連絡したりや。逃げえって」

 矢田部は八嶋の傍らにしゃがんだまま補佐達に言うと、慌てたようにそれぞれに散らばりだす。

「逃がすかよ」

 土手から若林が言い、全員が止まった。
 想が驚いていると、若林はにっこり笑って手を振った。

「庵楼会は最後まで映像を見ることもしねえで頭を下げたそうだぞ。たっぷり慰謝料も頂き、俺は袖川連中の始末を任された。袖川組組長は腹切ったとさ」

 若林が若頭矢田部を冷たく睨み付けながら言い、ゆっくりと河川敷へ降りてきた。

「そんな……オヤジは関係あらへんのに……オヤジの為に、会長の使い走りになったんやぞ……」
「部下の不始末は上司の責任だろ。出来ない部下を持った上司は哀れだなぁ!!」

 怒りを露わにする若林に、想も島津も驚いて固まった。
 息を飲む程の迫力に、ふたりは微かな怖さを感じて顔を見合わせる。
 遠くで袖川組の補佐達が岡崎組の面々に捕まっているのを遠目に見ながら、島津は呆けた顔で寒く、暗くなってきた空を見上げた。
 ちらほらと雪が舞っている。
 恐怖を癒すように、冷たい綿がひらひらと落ちてくる。

「……呆気な……一番怖いのは若林さんだな。ビビって損した」
「はは、ビビったの?島津が?笑える」
「なんだとテメェ。俺が一番ヤバかった」
「ふふっ。頑張ったね」

 想と島津の、子供のようなやりとりを横目に見た矢田部は、屈辱に歯を食いしばった。
 こんな若い奴らに。ガキみたいな。
 八嶋の裏切りに気付かず、無様な負けだ。
 遠くでサイレンの音が聞こえて、誰もが身を固くした。
 若林のそばで、塩田が組員たちに指示を飛ばしている。

「おい、警察が来る。息がかかってる奴が取り仕切るはずだ。袖川のソイツを引き渡せ。想、銃を預かっといてやる。島津くんと想は蔵元くんに拾って貰って、いつも通り店で仕事に」

 想は頷いて腰から銃を取り出し、若林に渡した。

「結果オーライっつうか、想が無事でよかったわ」

 目元を緩めて大切そうに若林の手が想の髪乱暴に撫で、離れた。
 島津にお礼を言い、若林もそこを離れる。
 遺された若林の部下と、八嶋の死体の傍らに跪く矢田部を一瞥し、想と島津は迎えに来た蔵元の元へ行った。

                                                  



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