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「俺に指一本触れてみろ。捜し物は見つからなくしてやるからな」

 吐き気がしそうなほどピリピリとした空気で充満しているセダン。
 島津は両脇に座り、威圧的に振る舞う袖川組の補佐達に言うと、足を組んで『タバコ』と示して咥え、視線で『火を着けろ』と口端を上げた。
 袖川の補佐は、青筋を立てながら島津を睨みつつ、ライターの火をそっと差し出した。
 普段タバコを吸わない島津だったが、やくざを鼻で使うのもいい気分だと、後部座席の真ん中でふんぞり返った。
 普通の人間……いや、多くの人間はこのような状況に耐えられないかもしれない。
 だが、何度も敵意のある相手の前に立ち、拳を握ってきた。死ぬかもしれない目にも遭っている島津はこのくらいでは大して畏縮しない。
 かつては下っ端とはいえ島津自身もヤクザ。一線はなんとなく感じ取れる。
 この位はまだまだ大丈夫だろう、と島津は内心ほくそ笑んだ。

「あー、腹減ったからモス寄って」
「おんどれぇ!!何様や!!」
「あ゙あ?どうせ物が手に入れば俺は消すんだろ?なら少しくらいワガママ言ったっていいだろ!」

 胸ぐらを掴んで脅しかける右の補佐に、島津は挑発的に笑ってスーツの襟へタバコを押し付けた。
 怒りで震える男に、島津は新しいタバコを要求する。
 助手席に座る袖川組若頭は、そんな島津を見て笑った。

「ははは!!とんだ肝っ玉やのう」
「ええ、よく言われますぅ」

 馬鹿にするように関西風な発音をして、島津は吸いもしないタバコをふかして遊んだ。









 若林は運転席に座ったまま古いビジネスホテル風のビルを見上げた。塩田は車から降りてホテルの外周をを確認しに行っていた。
 外に車は無く、人気もない。
 てっきり袖川組の構成員が待ち伏せていると思っていた若林は拍子抜けして、タバコのフィルターを噛み潰して捨てた。
 一方、ホテルの指定された部屋の前まで来た想も、拍子抜けしていた。
 罠かもしれないと警戒しながら、部屋をノックして名前を告げると、すぐにドアが開く。
 想は腰の銃へ手を伸ばしていた。

「想ちゃん、大きくなったね」

 周りを警戒してから、八嶋は笑顔で想を部屋へ招き入れた。
 想は八嶋を観察しながらドアを背に、部屋の奥へと進む彼に続く。部屋に気配は無く、想は中年太り気味な八嶋の背中に声をかけた。

「……わざわざ時間を取っていただいてありがとうございます」

 かしこまった想の言葉に八嶋は静かに笑って振り向いた。
 向き合って、眉尻を下げた表情は作ったように困った笑みだ。

「大人っぽくなったね……。あの頃はまだ髪も黒くてそんなに背も高くなかったね。でも、変わらず強い目をしてる。清和さんそっくりだ」
「……おかげさまで、もう25です」
「春ちゃんは……残念だ」

 穏やかに話す八嶋の言葉に、想は微かに目を細めた。
 どの口が。殺してやりたい。春を、家族を、死に追いやった連中のひとりが目の前だ。
 想はドス黒い泥沼が足元から這い上がってくるような感覚に、息を止めた。
 想の渦巻く怒りなど知らず、八嶋は言葉を続けた。

「まさか、あんなことになるなんて……想ちゃんは……ヤクザの元に居たから俺を悪者だと思ってるよね……。けど、違うんだ……あんなことになるなんて……」

 八嶋がぐだぐだ言い始めたことに想は苛立ち、細めた視線に殺意を込めて睨み付けた。
 ゾッーー
 八嶋はそんな想と目が合い、背筋が凍った。言葉を止める。しかし、沈黙に耐えかねた八嶋は控え目に想を伺った。

「そ、そうだ……清和が遺したもの、持ってきたかな?早く安全な場所に移動させよう」
「なぜですか?」
「そんなの!関西の袖川組が狙ってるからだよ!周りをうろつかれただろう?」

 心底心配する様子で語りかけてくる八嶋に、想は首を傾げた。

「あれ。俺の元に来た回し者は八嶋さんとも袖川組とも連絡を取っていたけど……グルじゃなかったんですか?」

 想は視線だけ八嶋に向けたまま、スーツの内ポケットからマスクとガムテープを取り出して古ぼけた絨毯の上へ放った。
 八嶋は身の危険を感じて一歩下がった。想がどんな仕事をしてきたかよくわかっている。
 彼の人生を変えた原因の一つである自覚もあった。
 八嶋は想が全てに気付いていると悟り、懐から銃を出した。

「キミを……う、撃ちたくはない……!早く製薬資料と研究データを……庵楼会に渡せば大金が手に入るんだ!想ちゃん、二割……いや、三割でどうだろうか?!」
「へえ、袖川組を出し抜くつもりですか?」
「そうだ!あんなヤクザは囮だ!さっさと資料を寄越せば殺さないっ!」

 八嶋が声を荒げた。
 次いで、ギャア!!っと短い悲鳴が聞こえ、八嶋は床に転がってのた打つ。
 膝を押さえて歯を食いしばり絨毯に頭を擦り付けている。
 そっと、優しくその頭を想が踏みつけた。
 八嶋から、そうな表情は見えない。それでも、聞こえる声が心臓を冷やした。優しい言い方なのに、温かみは無い。
 想がまだ新しい革靴にゆっくりと体重を乗せていくと、八嶋は呻いた。

「じゃあ、あなたは個人的に庵楼会と取引してるんだ?しかも金のため?」
「ひ、ひぃ……撃ったのか……!!」

 想は手に持った消音器付きの銃をひらひらと揺らして見せた。

「脅してる暇があれば撃つべきかと思います。もう片足も撃ちますよ。……三秒で質問に答えろ!」

 語尾を強めた想の声に、八嶋は『やめろ、やめてくれ……』と弱々しく頭を降る。
 想が足に体重を掛けながらカウントを始めると、八嶋は撃たれた際に手放した銃へ手を伸ばした。
 それを視界の端で捉えていた想は予告なしに八嶋の手の甲を撃った。
 空気の抜けるような破裂音と同時に八嶋が短い悲鳴を上げる。

「ひ、ひぎっ……!!う、あ……庵楼、会っ……と、……取り引きしてるっ!妻と息子が海外で待っているんだ!」

 家族の話を始めた八嶋から足を退かし、想は傍らにしゃがんで痛みと戦う八嶋の耳元に囁いた。
 口端を上げて普通は人が口にしないような言葉を、優しく紡ぐ想。
 八嶋は身体が震えて奥歯がガチガチと鳴る音に脳が支配されるのを感じて涙を流した。
 想は口にした全ての残虐な行為を躊躇なく八嶋やその家族に行うだろう。
 呻き、涙する八嶋の口へネクタイを丸めて押し込み、上から口を塞ぐようにガムテーを貼る。傷口にもキツくガムテープを巻いて、最後にマスクを着けてやる。

「行くよ。必要ない汚れ仕事はしたくないです。素直に来てくれたら、家族はそっとしておきます」

 想はカタカタと震える八嶋を支えて、引きずるように人気のないホテルを出た。
 外に停めてある車の後部座席へ押し込んだ。すでに車内には岡崎組、若林の部下の塩田が銃を構えて待っていた。
 運転席にいた若林も笑顔で八嶋を迎え入れた。

「どーも」

 若林を見た八嶋は諦めたように目を閉じて震える息を小さく吐いた。






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