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「八嶋さんお久しぶりです。有沢想です」

 出来るだけ落ち着いて、そう名乗ると電話の向こうの相手が驚いている。
 血眼子になって探している相手から連絡があればさすがに驚くか、と想は鼻で笑った。

「最近、怖い人達が俺の周りをうろうろしているんです。俺の持っている父の遺品を探してるみたいなんですが、他に父のことで頼れる人がいなくて……番号をなんとか調べたんですけど」

 隣でタバコを吸う若林も、運転している笹中も静かに、だか獲物を狙うようなピリピリした雰囲気を漂わせながら聞き耳を立てている。
 八嶋はやたら優しい声で、想を気づかう言葉を吐き、ふたりで会おうと言ってきた。
 想は、控え目に、相手の要求をどんどん受け入れ、通話を終わらせた。
 本当に頼れるのは八嶋だけだと思わせたかった。
 案の定、八嶋はほいほいと待ち合わせを承諾し、この真っ昼間にも関わらず小さなホテルに想を呼びつけた。
 八嶋はひとりで来ると言ったが、疑わしい。室内は逃げにくいことを知っている想はキッと眉を吊り上げた。

「×××ホテルに15時に来るって」
「希綿さんはまだ高速だ。着いてからもゆっくり焦らしておくから、言い逃れできない証拠を頼むとさ」

 本当?と少し驚いて想は若林の顔を見た。
 希綿が己を信じて待つと、確信していた訳ではなかった想は大きな目を瞬かせた。

「希綿さんはお前のこと気に入ってるからなぁ」

 若林はタバコを携帯灰皿にしまって、電話越しに声を弾ませていた希綿の機嫌の良さそうな雰囲気を思い出して苦笑いした。

「おふたりとも、少し止まります。笹中が来ました。少し話してきます。……袖川組をぶっ潰してやりてぇはずですが、ギリギリまで我慢して援護に回らせます」

 塩田が道路脇に車を滑り込ませると、笹中という男が車に近付いてきた。強面が、深々と頭を下げる。
 想はぺこっと頭を下げて、店の鍵を塩田に渡した。

「塩田さんありがとう。笹中さんに、島津のことお願いします。コレ、鍵です。開店前なので使って入って下さい」

 塩田が窓を開けて笹中と言葉を交わし、鍵を渡した。
 笹中は想に向かって頷いてみせた。『友達の事は任せろ』と、ネクタイを締めると車から離れて足早に人混みに消えた。
 力強い笹中の言葉に、想は大きく頷いた。
 若林は銃を取り出して装填を確認する。

「持ってくだろ?」
「俺も持ってきたよ。持って行っても大丈夫かな……」
「八嶋はお前が非力な一般人だとは思ってねえだろうな。気をつけろよ。なんせ奴自身、お前達家族の不幸に関わってんだから、その後の想についても少しは知ってるはずだ」

 若林は想がしてきた責問役の話を匂わせた。拷問して、時には殺す。
 そんな相手だと知っていて、丸腰で待つはずもない。
 想は小さく頷いて、腰の銃に触れた。

「でも、俺を探し出せないのはなんでだろ?八嶋は俺の顔を知ってるよ。……中学生くらいまでは時々顔を見てたし。まぁ十年経ってるから変わってるか」
「……新堂の仕事だろ。写真がなけりゃ八嶋が知っていたとしても精々特徴くらいしか伝えられねぇだろ。想は平凡な顔だからな。目立つ悪いところも無けりゃ、ずば抜けた美的特徴がある訳でも無いしよ」

 『はぁ、かわいい』と、若林は甥っ子の頬に触れた。
 様々な暗さを灯す想の形の良い瞳を覗き、目元を愛しそうに親指で撫でた。

「想はよ、あんまり見た目は変わらねえ。面影残したまま大人になって、義兄さんが可愛くなった感じだなぁ。その可愛さと口元は姉貴かな…中身も随分頼もしくなって、俺の言葉は煩いだけだろ?」

 苦笑いしながら触れる若林の指に想は安心して目を閉じた。そんなことないよ、と微笑む。
 そして新堂の名前に胸が温かくなった。
 新堂は傍にいなくても己を守ってくれていると感じて想は目を開けた。

「俺、絶対なんとかしてみせるから」

 しかし、想は悔しくも感じる。
 自分自身では出来ることも限られていて、無力感が消えない。
 自分に頑張れと言い聞かせ、後部座席から器用に助手席へ移動すると八嶋との待ち合わせ場所を塩田に教えた。
 若林はコトが上手く片付いたあかつきには袖川組の全員を社会から消してやる、と冷たく仄暗い光を瞳に隠し、ゆっくりと目を閉じた。

 







「……笹中さんでしたっけ……?どのくらい距離を保てばいいっすかね?」
「車なら二台分。どこへ連れて行く?」
「島津は袖川組若頭を河川敷に連れて行きます。餌役ですね……殺されないかなぁ……ううっ!ちょっとぶるった!」

 蔵元はワンボックスを運転しながら助手席の笹中を横目で見た。怖そうな風貌に加え、手には銃。
 蔵元はPコートにマフラーまで巻いているのに寒気がするほど内心ビビっていたが、気張る時だと己に言い聞かせた。
 三台先を走る黒塗りのBMには袖川組の若頭と補佐三人、そして想に成りすました島津が乗っている。
 顔が割れていないとはいえ、どれだけ急いでいるのか知りたいほど、確認もせずアッという間に島津は黒塗りに押し込まれた。
 袖川組は島津を有沢想だと思い込み、島津と想が落ち合うと決めた人の気のない河川敷へ着々と進んでいる。

「まだ真っ昼間だよ……大丈夫かなぁ」
「人目があれば自制する奴もいる。袖川組の連中は分からんがな。なんせ協力的じゃない情報屋の店に日中堂々と放火する様な人間が居る訳だ。それより坊主、こっちは大丈夫か」
「ええ、橋の上から撮影する事くらい朝飯前ですよ!ただ、バレて囲まれたときはお願いしますよ、マジで。死にたくないんで」

 蔵元は後部座席に準備されている撮影機材を指差し、震える手をハンドルに戻してキツく握り締めた。
 島津の立場だったら漏らしてる……と恐怖を想像した蔵元は振り払うように眉を吊り上げ、島津の乗せられたら黒塗りを睨みつけた。









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