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「あ、想くん。組長お待ちですよ」
「塩田さん!お久しぶりです」

 若林の腹心の部下、塩田は想を見ると笑顔を向けた。深く腰を折り、国産高級セダンの後部座席のドアを開けた。
 島津と別れ、一通り準備を終えてから想は若林の事務所にやってきた。少し忙しいと言いながらも、時間を取ってくれた若林に感謝しかない。
 塩田にお礼を言い、想は車の中に乗り込む。後部座席では若林が何やら電話で難しい顔をしていた。
 彼は想に気が付くと、にかっと笑って見せ、隣に座った想の頭を撫でた。
 すぐに通話を終わらせた若林を確認して、塩田が車を出した。

「悪いな。移動しながらで」
「いきなりごめんなさい。力を貸してもらえたら助かるんだけど」
「俺が出来ることなら何でもするさ。だが、今は少し立て込んでんだ。S区のホストクラブが荒らされて怪我人も出た。これからそこの店長に話を聞きに行く」

 袖川組?と想が小さく呟くと、若林は小さく頷いてタバコに火をつけた。

「袖川組は少人数だがかなりの武闘派だ。組長は関西に残っているらしいが、若頭の奴はこっちで姿を何度も見てる……あんまり調子に乗ってんのもさすがに許せねえな。好き勝手もここまでにさせる。袖川組の組長はしらばっくれてるが、袖川組の上、庵楼会会長に希綿さんが文句言いに向かってる」
「……えっ、関西に向かってるの?!」
「俺のとこの若いヤツが昨晩リンチされてよ……俺もそろそろブチキレちまう」

 『あー、俺の癒し』と呟いて若林は想を抱き寄せた。
 家庭には持ち込めない感情も、想には遠慮がいらない。
 問題が大きくなっている。想は思ったより切羽詰まった状況に自分を落ち着かせる様に若林の背中を優しくさすった。

「このままだと抗争?戦争?やばいよな?」
「まあ……血と金は沢山出るだろうな」
「俺に少し時間くれない?」

 想は若林を強く、真摯に若林を見つめた。
 若林はハテナとその眼差しを優しく受け止め、話てみろと促す。

「俺と島津が上手く袖川組若頭と八嶋をセットで一カ所に集めて、狙ってる物を差し出すよ。受け取ったら、証拠になるよな?」
「……差し出すのか」

 若林は面白くないという様子だ。好き勝手荒らした挙げ句、欲しいものまでやるなんて、と目つきが変わる。
 想は真剣な顔で若林を見据え、続けた。

「本物なんて渡すわけ無い。うちの従業員もたまたま俺を知っていたのを黙っていたら襲われたんだ。店に忍び込もうとする奴もいたし、もう早くどうにかしたい。ムカつく」
「なんですぐ言わねえんだ……心臓が痛いわ」

 想の言葉に若林は驚き、額を押さえた。
 大きな溜め息をしてから、真剣な顔で想の下から上まで視線を巡らせ、怪我がないことを確認し、俯いて襟足を掻いた。

「……しかしなぁ……危ないだろ?やだなあ……」
「あっそ。じゃあ勝手にやるからいいよ」

 『車、止めて下さい』と想が運転している塩田に声を掛けた。
 
「待て待て!!」

 若林が慌てて想の腕を掴んだ。
 親心と変わらぬ想への気持ちが表情からも伺え、想は眉を下げて小さく謝った。

「心配させるのは分かってる。ごめん」
「分かった。協力はするが、もし危なくなったら俺は行動に出るぞ」
「うん。若林さんは島津の援護をお願い。島津が一番危険な役回りなんだ……」
「俺は想を守る」
「はぁ?……頑固者!」
「お前だって頑固者だろうが!」

 想の呆れた一言に、若林がショックを受けていると、ふたりのやりとりに運転席に居た塩田がくすっと笑って、口を開いた。

「俺は若林さんの護衛があるんでダメですが、笹中って男を連れて行ってはどうですか?」
「笹中……。若い頃は逆らう者がいなかったくらいの喧嘩屋だったか。笹中を島津に付ける。いいか?」

 想は記憶の片隅にある、特に若林と塩田の後ろに控えている笹中という男を思い出した。若林の信頼の置ける人間ならば、想も信じようと頷いた。

「……すみません。笹中さんに、よろしくお願いできますか」
「想くんに頼まれたら喜びますよ」

 想が頭を下げると、塩田は穏やかに返した。

「それじゃ、取りあえず笹中さんにはアルシエロに向かって欲しいです。島津が居ます」
「塩田、連絡してくれ。俺は?」
「若林さんは希綿さんに少し待ってもらうようにお願いできる?」

 若林は頷いて電話を掛けた。
 想は島津にメールを送り、慌ただしく動き始めたことから少しの不安に小さく息を吐いた。
 頭の片隅に古谷とのコトが甦り、それがまた想を悩ませる。
 準備は出来た。という島津のメールへ返信をしている最中、悩みの種でる古谷から着信が入り、想は驚きつつ、出ようか出まいか一瞬悩んだ。
 なかなか鳴り止まない着信に、若林が首を傾げる。

「出ねぇのか?」
「……う、うん……も、もしもし俺です」

 想は仕方なく通話をタップして耳元へ運んだ。
す電話の向こうは騒がしく、声が聞き取り難い。
 想が古谷の名前を呼ぶと、怒鳴るような、緊迫した様子でまくし立てている。ザワザワとうるさい割れた音を聞きやすくするため、想はスピーカーに変えてた。

『春海さんの店に放火された!今、消防やらなんやらで大変なことになってる!そっちは大丈夫か?!』

 若林の纏う空気が冷え、想は罪悪感にキツく目を瞑った。
 塩田がハンドルを殴りつける。
 春海の店は青樹組のものだ。

『有沢、お前は大丈夫か?!』
「俺は平気です」
『すぐに隠れるか、離れるかした方がいいぞ!』

 古谷は大変な状況の中で想を気遣っている。
 想は春海の店も自分が見つからない所為だと思うとやり切れず、震える呼吸を整えて古谷にもう一度大丈夫だと伝えた。
 キッと視線を強める。

「古谷さん、袖川組に俺がアルシエロに『今』居るって流して下さい。よろしくお願いします。絶対やってくださいね」

 想は強く言うと一方的に通話を終わらせた。

「春海って……」
「青樹組の情報屋のひとりらしいんだけど……」
「ああ、知ってる。電話の相手は何者だ」
「……その春海さんの部下で、俺にも情報をくれた人。知ってるはず……古谷士郎だよ」

 若林はよく知っていて、話しながら顔を強ばらせる想の様子を敏感に察知して眉を寄せた。探るようなことはしない若林だが、心配そうに想の肩を叩く。

「大丈夫。俺が立花全殺しの犯人だとは知らないから」

 想は無理矢理笑顔を作り、それからシマコの着信履歴にあった番号を思い出して数字を入力し、通話を押した。
 数秒後、もはや顔もあやふやな人物、有沢製薬副社長だった八嶋が間延びした返事で応答をした。





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