19



 

 大袈裟にびくっと反応した清松と、どこか覚悟を決めたような西室の前に想が立った。
 鍵を持っているのは想、島津、蔵元、その日のシフトで最後まで働いていた人間、今は西室だ。
 ちなみに裏口はバイクや自転車を停めているため、内側から南京錠が掛けてあり外せるのは島津だけ。
 薄明かりの店内で、想は二人にカウンターの向こうへ隠れるように促した。
 二人はそそくさと身を潜めると、西室が様子を伺うように覗いた。
 想も窓際に潜んでおり、窓から人影を黙視していた。
 扉は木製で、立った時の目線に小さなガラスがはまっている。そのため、はっきりとした姿は内からも外からも分からない。
 警戒を解かないところを見ると、島津や蔵元ではない……と西室は渇いていく口内にぎゅっと唇を噛んだ。追われたとは思わなかったが、つけられていたのかと鍵を開けようとする音より、心臓の音が勝りそうだった。

「ちっ!普通のピッキングじゃ開かないわ!」

 女の声に、想は内側から木製の扉を軽く蹴った。
 キャッという短い悲鳴のあと、伺うようにドアに女が身体を寄せた瞬間、想は鍵を開けて素早く扉を引き女を店内へ引きずり込んだ。
 バタンとと扉を蹴り閉め、鍵を掛けながら床に転がる女を見下ろす想の視線は冷たい。
 西室が覗き見る中、清松が心配そうに西室に視線をやった。西室は唇に人差し指を宛てて静かにしろと体現する。

「アンタ誰よ!」
「そっちは誰」

 ふんっと床に座ったまま顔を背ける女に、想は腕を組んで静かに待った。

「……有沢想を探してるのよ」

 沈黙と想の視線に耐えられなくなった女の呟きに、西室と清松が身を堅くして耳を澄ませた。
 想はそれでも黙ったままだ。

「ここで働いてるって、噂が。アンタ知ってないの?」
「さあ」
「……ガセかよ……」
「通報します」

 扉の下に散らばるピッキングツールを指差して想が淡々と告げた。

「ま、待って!お願い……」

 女が短いスカートから覗く脚を動かして際どい所まで見せる。床に座ったまま少し屈んで胸元を寄せた。
 想は興味ないと言わんばかりに知らん顔で携帯に指先を滑らせる。
 女は静かに舌打ちをして想に飛びかかった。

「わ!」

 想は突然の事に驚きながらも、ひょいと交わして、逆に女を扉に押さえつけた。

「痛いっ!!離してよ!変態!」
「はいはい」

 想は女の手を後ろに纏めて彼女の派手な色のベルトを引き抜き、縛った。

「通報してほしくないなら、なんで有沢想を探してるのか教えてよ」

 携帯は110と表示され、後は通話を押すのみ。
 女は自由にならない手を動かしながら言葉に詰まった様子で想と110番の表示される画面を交互に見る。

「……っ、言えないわ。言ったら何されるか分かんない!」
「大丈夫。俺が聞いても誰にも分からないよ。ただの従業員なんだから」

 想の優しい言い方に、女は俯いて小さな声でゆっくり話した。
 想はそれを聞きながらピッキングツールの入っている女のバッグを探り、携帯を取った。

「有沢想ならそいつの父親の残した物の在処が分かるから、連れて来いって。ここにいるのか確認するために忍び込もうと……」
「誰に言われたの?」
「それは言えないわ」
「なるほど」

 納得?と女が顔を上げると、自身の携帯を操作する想がいた。慌てて立ち上がろうとすると、想が女の太もも辺りをブーツのまま踏んでそれを阻止した。

「組長って……袖川組?八嶋、若頭、……古谷……」

 着信履歴から、この女は袖川組と繋がりがあることが分かる。その中に、古谷の名前を見つけて、想はそれを選択した。
 番号が表示され、見覚えのあるそれに想は怒りを感じて通話をタップする。
 古谷は袖川組の回し者だったのか。
 狼狽える女へ冷ややかな視線をやったまま、呼び出し音の鳴るそれに神経を集中させていた。

「……俺です。……声で分かるんですね。どういうことですか」

 明け方にも関わらず、意外とすぐに電話に出たことに関心事ながら、静かに抽象的な質問を投げかけた。
 すぐに想だと分かった古谷も、質問の意図が分かっていない様子で電話の向こうでハテナを連想させる言葉を呟いている。

「今すぐ会いたいです。どこがいいですか」

 古谷のあわて振りなど気にせず、要求の場所を覚えてすぐに通話を切った。
 女の携帯をポケットにしまって、警察に通報する。女が信じられないという顔で想を見た。

「拘置所の方が安全だから。俺に話しちゃったんだから危険だろ」

 想は女を引きずるようにボックス席へ座ら西室たちへ外へ行くように指示を出した。
 清松はもう氷を当てておらず、足取りも痛みも問題なさそうだ。西室たちが足早に帰るのを横目で見送り、想は女を見た。

「八嶋って?」

 想が通報したことで、反抗的な視線を向ける女に小さな溜め息を漏らして肩へ手を当てた。

「脱臼させるよ。上手くいかなかったらごめんね。後ろ手に拘束してあるからいつもと違うしさ」

 ぐぐっと力を込める手と、想の視線に女が慌てて叫ぶように言った。

「八嶋が有沢想なら何か知ってるって!袖川組組長が若頭に指示して探してる!やめて!お願いっ痛いっ!」

 八嶋。
 有沢製薬が存在していた頃、副社長だった男だ。
 未だにやくざと繋がっているのかと思うと、想は呆れながらも恐ろしいと思った。
 かつての岡崎組組長の北川を利用して有沢家を崩壊させたが、想の父の研究は見つけられなかった。そして、今度は関西に手を替えるとは。
 執着というのは恐ろしいものだと想は身を持って理解していた。

「教えてくれてありがとう、えーっと……シマコちゃん」

 想は体重を乗せていた手をパッと離して、携帯電話の所有者番号に表示された『シマコ』の名前を見た。観念して黙り込むシマコを遠目に見ながら警察を待った。









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