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「まほうのくすり……か」

 ロッカーを開けてから既に一週間経ち、日課のように想はインターネットで成分を調べながら父親の残した資料を照らし合わせていた。
 まだまだ初歩段階の資料にお手上げ状態。
 専門知識は皆無。1ページしっかりと理解するには何時間もかかるものだ。せめて専門用語や難しいカタカナと英字の薬の成分がもう少し易しければな、と想は小さく溜め息を零してラグへ寝転んだ。
 平たく、噛み砕けばこの薬はアレルギーを引き起こさない抑制剤。
 胎児の段階での摂取、と書いてある。だが、量や摂取方法次第では大人も利用可能であるともある。中毒を和らげる。
 こんな薬が本当に出来たとすれば、欲しがる商売の人間は多いだろう。
 中毒性の高い楽しい薬が、中毒を緩和、もしくは中和する薬とセットなら。

「……実現するとは思えないけどな……」

 分厚い資料を見れば分かるように、まだまだ研究途中だろう。パラパラと捲りながら想は興味が無さそうにそれらを閉じた。
 父親は双子の姉、春のために研究していたに違いない。春は多くの物にアレルギー反応をしてしまう体質で、薬も食べ物も徹底的に管理されていた。
 大好きな水泳さえも時間制限の中で行っていた。
 双子であるにもかかわらず、想にあるのはせいぜい花粉症程度。
 想は不便な体質を半分でも自分が持って生まれていればと思ったが、父親は春の症状を少しでも緩和、もしくは治したかったのだろう。
 くんくんと、もち太が想の手に耳辺りを擦り付けた。想が時計を見るとそろそろ散歩の時間だ。

「うん、いくよ」

 想は起き上がると薄手のスウェットの上にジャンパーを羽織った。
 首輪を出してはめてやれば、もち太は玄関まで走って行く。
 その姿に微笑みながら、想が靴下を履いているとポケットの携帯が長い振動を繰り返し始めた。明け方に誰だ?と画面を見ると従業員の一人、西室だ。

「西室くん?どうかした?」

 『助けてください……』と息を切らせながら言う西室の涙声に想は携帯電話をキツく握った。

「今どこだ。うん、わかった直ぐに行くから。清松くんは大丈夫?ああ、店の鍵あるだろ。入ったらすぐ閉めておけ。氷使って」

 『分かりました』と震える声で告げた西室は走っているのか声が時々飛んだ。

「もち太ごめん!すぐ戻るっ」

 想はもち太に謝り、想はショートブーツへ急いで足を突っ込み、施錠して走り出す。こんな時間に何やってるんだと若い従業員に小さな溜め息を零した。









 想がタクシーで店に着き、鍵を開けるとカウンター席から西室が駆け寄ってきた。想は眉をつり上げて西室を見る。

「どうせまたクスリだろ」
「すみませんっ!!けど、俺は、やってないっす!ただ……ハーブ買っただけ……」
「やるから買った」

 西室は想の厳しい言葉に素直にスミマセンと頭を下げた。
 想はもうひとり、カウンター席でうなだれる従業員の清松に視線をやった。ビニール袋に氷を入れて頭に宛てている。

「何で殴られた?病院は」
「ビール瓶っす」
「俺はすぐ気を失ったみたいでー、西室が担いでくれてー……けど、病院行ったら薬がバレます……俺、行けない……」

 見せて……と想が隣に座って向かい合い、清松が氷をどかして想に殴られた場所を見せた。
 脱色された髪に少量の血液が付着している。しかし、腫れも僅かで多少切れてはいたが縫うほどではない。軽傷だと確認して頬を軽く叩いた。

「どうして殴られた?お金?」
「違います。……えーっと……」

 清松が口ごもり、西室を見る。
 西室は俺見るな!と身振り手振りで慌てふためいた。
 清松が伺うように想を見てから小さく唇を動かした。

「有沢さんのことー……知ってるかって……きかれてですねー……」

 想が清松を見つめると、彼は慌てて氷を放り出してテーブルに置いた手をぎゅと握り締めて真剣に訴えた。

「知らないってしらばっくれました!ヤバそうだったしー……しらみつぶしに夜出歩いてる若い奴に声掛けてる感じでー……」
「けど、常連客のオッサンが俺達に声掛けて来たんす。『有沢くん明日いるー?』みたいな。結構距離あったし、まさか聞かれてるとは思わなくて、普通に話ししてたんす。そしたら襲ってきました。後はもう、必死に逃げながら電話したんで」

 とろとろと話す清松に焦れて、西室が手早く告げ想は頷いてカウンターの氷袋を清松に押し当てた。

「どんな奴?」
「スーツで、関西弁のオッサン二人でした」

 まずい。
 想は最初にそれを思った。

「ごめん、俺のせいだ」

 想が清松の肩を優しく撫でた。
 清松も西室も首を横に振った。

「俺達はいつも助けてもらってるんで、この位へっちゃらです。有沢さんこそ大丈夫っすか。……危ない感じの奴らでしたよ」
「ふたりは一緒にいて。西室は清松の様子見てやって」

 ふたりは揃って何度も頷いた。想の叔父が岡崎組組長で、親しいことも分かっていたため、ごたごたに巻き込まれないとは言い切れないと解釈していた。
 想はふたりに壱万円札を何枚か渡して普段もタクシーを使うように言った。

「有沢さんすみませんでしたぁー……もう、悪い葉っぱとかやりません」

 清松が頭を押さえて泣きそうな声で謝るため、想は呆れてシッシッと手をやる。タクシーまで送るために想が清松のバッグを持って立ち上がったとき、店の扉がガチャガチャと動かされた。
 想がピリッとした瞬間、清松と西室はビクッと恐怖に身体が震えた。









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