15


 

 想は古谷と店を出ることを蔵元に伝え、腰のエプロンとネクタイを外してジャケットを羽織った。
 店の外に出ると、古谷が白い息を浮かばせながら待っていた。

「どこに行きますか」
「有沢の部屋は?」
「うちは駄目です」

 即答した想を見て古谷は苦笑いして耳あたりを掻いた。

「外は寒いし、俺の部屋でもいい?」
「外でも構いません」

 想の言葉を無視して通りを歩き始めた古谷に付いて想も歩き始めた。真後ろを三歩ほど空けて歩く想に、古谷は足を止めて振り返った。

「刺されそうで怖い」

 想は何とも返さず、古谷の隣を通り過ぎて行った。古谷が再び歩き出し、想のとなりを進んだ。

「上田里奈さん、この先のコンビニで働いてるよ」

 古谷の言葉に微かに肩を震わせた想の足が速まる。古谷はそれでもゆっくりと変わらぬ足取りで想の背中を追った。
 数分歩いて、コンビニの外に立ち尽くす想の姿を見た古谷は目を細めた。悲しみも嬉しさも見えない変わりに、後悔しているような目で中を見ている。
 レジには例の上田里奈が接客していた。
 想に追いつき、肩に手を乗せた古谷は視線を店内から彼の表情へ変えた。

「入る?」
「……顔、覚えてたら困る……」
「そうか……」
「……よかった……生きてた……」

 想は口元を隠し、僅かにホッとした。
 その姿に、古谷は目尻を下げる。
 過去、想が大瀧に強引にさせられた責問の仕事で父親と彼女を痛めつけた。彼女の小指から肉を削ぎ取った。
 情報を引き出してからすぐに帰った想は、彼女がどうなったのかまでは知らなかった。父親は始末されるとしても、まだ若い娘の彼女は風俗にでも落とされたかと思っていた。

「……なんであの子のこと知ってるんですか……」
「それは俺の部屋で話すよ。ここまで来たら来るだろ?」
「調べたんですか?最低……どこまで?」
「いや、まだ。でも、有沢から話してくれたら勝手に調べるなんて真似しないし。けど、どうすればもっと親しくなれるのか正直分かんねえ」

 簡単に話せることなどない……と想は唇を引き結んでコンビニから視線を変えて歩き出した。
 古谷も隣を歩く。

「言ったろ?気になるって。好きだからだ。有沢は警戒心が強いみたいだから、もっと仲良くなろうと思って。……もう警官じゃないし、新しい職にもありついたしな」
「彼女に何したか、教えましょうか?」

 想は俯き気味に歩いていたが、視線を上げて古谷を横目で見た。
 それに気が付いて古谷が微笑む。
 初めてそんな風に笑いかけられた想は固まった。
 始めは見下すような目で、次は探るような、最近では切ないような。
 微笑まれた事にどう返せばいいか分からない想は再び道路の白線を見た。

「ぶっちゃけ、有沢の昔なんて俺にはどうでもいいんだよ。ツンとして警戒心が強い割に、優しい所があって仲間思いで、いろんな人に慕われてる。それが有沢だろ」
「悪いところ見た方がいいですよ。むしろ良いところなんて無い」
「んー、無理だろ。恋は盲目っつーし?でも、親しくなるには、色々知らないといけないのかなって思ってさあ」

 想はどこまでも真っ直ぐで正義のような古谷に息が詰まった。棲む場所が違うと感じる。
 ふっと想の目が暗く、黒色を増したように感じて古谷は見入った。

「俺があの子に何したか知れば、変わりますよ」

 想は立ち止まり、古谷の腕を掴むと狭い路地へ引っ張り込んだ。
 突然のことに古谷も首を傾げたまま路地へ入った。

「簡単に話せるような事じゃないんです。知ったらどうなるか……察し付きますよね、こういうことに詳しいんだから。だけど、調べてほしくないし、知られたくない。本当に知りたいですか?」

 今まで見たことのない必死な想の声や表情から、本心を言っていることが伺える。
 古谷が手を伸ばしても、想は拒まなかった。

「それに、俺は男です。気持ちに応えるなんてできません」

 むっとして古谷は想を抱き寄せた。
 突然のことに想は黙ったままだったが、古谷は胸が高鳴っていた。静かに、恋しい存在が腕の中にいると感じて。
 春海の言うように神経質になっている今、恋愛感情が正しくないのかもしれないと思ったが、今の瞬間、絶対的に満たされている。
 古谷はぎゅっと腕に力を込めた。想が苦しさに押し返そうと腕を動かしたが、きつく抱き締められているため適わない。
 古谷も警察官としてそれなりに鍛えられており、武術も有段者だ。

「古谷さん……!」
「あ、あー悪い……」

 そっと腕を離し、満足そうに笑った。

「男だっていいさ。有沢だって新堂漣を未だに想ってるだろ」
「……なんで……」
「だから、俺の気持ちを『男だから』って否定の仕方は腹立つ」

 新堂の話題にほんのり赤くなった想の顔を見て古谷は目を伏せ、想の胸元を指差した。リングを掛けていることを示して。

「もらいもの?大事そうにしてるから」

 何とも返さない想に、古谷は携帯を取り出してちらちらと振った。

「有沢が想い続けてる様に、俺にだって有沢を想う自由があるだろ?ほら、連絡先くれ」
「そういうの……困ります」

 くるりと背を向けて歩き始めた想に、驚いた古谷が腕を伸ばしたが、想は路地の奥へ走り出していた。
 予想もしていなかった断りに、古谷も走り出す。

「ちょ、今の流れで駄目ってなに?!」

 想は完全無視で業務用の鉄製のゴミ箱へ器用に蹴り上がり飛び越えた。
 古谷もひょいと飛び越えたが、怪我の痛みに一瞬うずくまる。
 想は既に突き当たりにある立ち入り禁止の背の高いフェンスを越えようとしていた。
 古谷は驚きながらも走った。

「マジ……?!」

 身軽な想を視線で追いながら叫んだ。

「いーだろ!連絡先くらい!上田里奈のこと気にしてると思って……無事な事教えようと思った!」 

 フェンスに追いついた古谷が大声で叫ぶと、振り返った想は携帯電話を取り出してフェンス越しに番号を要求した。
 慌てて古谷が応える。

「これで借りは無しです」
「なあ!俺は言われて大人しく調べないなんて出来ねえ。だいたい、なんで上田里奈の事を知ってたか知りたくないのかよ」
「正直、聞くのが怖いです。古谷さんは……俺が知られたくないことを調べようとしてる。もう勝手に調べればいい」

 想の冷たい一言に、古谷はなんで、と声を荒げた。気を持たせたくないのは分かるが、少しくらい……と古谷は眉を寄せる。

「知ったら嫌悪しますよ。それはそれでいいのかもしれないし。どっちにしても、連絡先を交換したって意味は無いんです。ごめんなさい」

 踵を返して足早に去っていく想に、古谷は声を掛けられず呆然と立ち尽くした。しばらくして、全く上手く行かない自分に腹立たしくなり、古谷は舌打ちと共にフェンスを蹴った。






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