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 大きな若林が乗ると、滑り台が狭く見える。
 想は若林を見上げた。子供の頃から若林は大きくて、今も変わらない。強くて優しく厳しい。

「これ、あげる。若林さんが上手に使ってよ」
「もう少し持っていたらどうだ?せっかくいい薬が出来ても保険が適応されなければ手が出せない人が多くなるだろ。義兄さんは海外流出を懸念して隠したんじゃないか。それに、関西袖川組は血眼で探してる。俺が持っているより想のが安全だしな」

 想は唇を噤んだ。勇敢な父親の形見など持っている資格がないと感じて俯く。それが人を助けるものであるから、尚更だった。
 いつも、新堂が背中を支えてくれた。振り返れば、冷めた視線の中の優しさが想に向けられていた。
 それを失い、想は必死に自力で立っていた。薄暗い毎日をなんとなく歩くような日々。
 今はこんな責任の付きまとう物を手にしたいとは思えなかった。

「……若林さん、後悔したことある?」
「ある」
「うそ」

 『失礼だな!』と若林が滑り台を滑り降り、想の背中目掛けて突っ込んできた。
 想は慌てて退く。立ち上がったことで、寒さに腕を抱いた。

「危ないよ!」
「……あの日のこと、後悔してるのは想だけじゃねえ」

 『帰るぞ』と立ち上がって若林が想の肩を抱いた。
 北川の部下でありなが、有沢家がはめられたことに気付けなかったこと。
 北川の悪事に目を瞑っていた立花全にたどり着けなかったこと。
 金では助けられず想に辛い生き方をさせたこと。
 若林は変えられない過去には向き合い、今出来る限りのことをしていた。
 残された家族である想を大切にし、新しい家族も守る。

「午前様になったけど、中野さん怒らない?」
「想の迎えだって知ってるから大丈夫。今日泊まりに来るか?」
「ああ、幸せって羨ましいなクソ」
「クソ!?そんな口の悪い想は……すっげぇ悲しくなる……。あれか、島津君辺りとかに影響されてんのか!」

 現在、若林は新堂の秘書をしていた中野と同棲していた。中野の息子と三人で暮らしており、中野は妊娠中の身だ。

「若林さんの影響かもよ」

 想の冗談に若林は肩を落として車までのろのろと歩いた。

「姉貴にも義兄さんにも顔向け出来ない……」

 後ろをついて行きながら、想は自分の一言に肩を落としてしまう若林が可愛く見えて小さく笑った。
 こんな真夜中でありながら、想から『いつでもいいから一緒にロッカーを開けて欲しい』と頼めば、嫌とも言わずに若林は『今から行く!』と駆け付けた。
 どうしても頼りたいとき、いつでも応えてくれる本当の兄のような存在に想は改めてありがたいと感じた。

「けんちゃん、大好き」
「おう」

 若林は照れて襟足を掻きながら、微かに想へ振り返った。





 



 客がまばらに残る0時前、古谷は想を見ながらジョッキを傾けた。

「ストーカーするの止めてもらえませんか。大体、怪我は大丈夫なの?」
「心配してくれるなんて嬉しいね。て言うかさ、ストーカーじゃない。『たまたま』会いに行ったら有沢が慌てて店を出て行ったから追い掛けただけだ。でも、有沢が入っていった高級クラブの入り口はヤクザが見張ってるし、何時間待っても出てこないし……まさか一夜をあのクラブで過ごしたのか?VIPルームで?誰とかな」

 カウンターに座ってハイボールを飲みながら、古谷が想を放さず喋っていた。

「非常口から出たんです」
「なるほど。希綿は関西袖川組を警戒してるってわけか」

 古谷の独白のような一言に、想はまばたきをした。
 あまりにもピンポイントで希綿の悩みを言い当てた古谷に驚いていた。関西にもいくつもの組織が存在する中で、袖川組を言い当てた。

「そんな顔しなくてもいいだろ。俺はそういうの相手の仕事してたんだから……ま、古い話しだけどな」
「袖川組は本当にこっちに進出する気なんでしようか?手引きしている者がいるとしか考えられない」

 想が乗り気で話してきたことに、古谷は口端を上げた。

「有沢から積極的に話してくれるなんて、この話題気になる?」

 想はハッとして口を噤んだ。
 希綿の為にと思ったが、余り関わってはいけないとも思う。
 想は素っ気なくその場を離れた。
 古谷はわざとらしく残念そうに想を見たが、三日前、想と会ったのは青樹組の希綿だと確信した。
 本当にたまたま、携帯を返しにきた古谷は軽装で慌てて出て行く想を無意識に追っていたのだった。
 そして、この近辺では有数の会員制の高級クラブへ入っていった。始めは新堂が現れたのかとも思わせたが、入口には青樹組の知れた強面が三人も立っており、近付くことも困難な雰囲気だった。
 古谷は少し離れた道端に停車していたタクシーから入り口を見張ったが、想は一向に出てこなかった。
 希綿も同じく現れず、部下は深夜一時を過ぎた頃自然と消えていった。

「……そんなに警戒されると、がぜん燃えるんだけど」

 古谷はジョッキに残ったハイボールを飲み終え、わざと名指しで想を呼びつけておかわりを注文した。
 想が足早におかわりを持ってくる。

「呼ばないでください!カウンターに西室君がいるの見えませんか!」

 大声ではないが、想は怒った様子でジョッキを置いた。空のジョッキを奪って想が古谷を睨む。
 呼ばれた西室というバイトは普段、喜怒哀楽の差があまりない想の感情的な様子に見入っていた。

「じゃあ、隣に座って話を聞いてくれよ」
「そういうサービスは余所のお店でお願いします」
「じゃあ、他に飲みに行こう。一緒に」

 そういう意味じゃない……と想が小さく溜め息をする。
 古谷はそんな想を見て頬に手を伸ばした。
 自然な動きで想がそれを避けて傍を離れようと向きを変えた。

「上田里奈」

 古谷は少し押さえ気味に言った。こういう手は使いたくなかったが、想との距離を縮めるためには二倍も三倍も押さなければならないと実感しているため、古谷はその名前を出した。
 案の定、想の纏う空気が変わり、古谷はごくりと喉を鳴らした。







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