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「本当にごめん!ありがとう」

 『適当に座ってて』と促されて、泰助はぬいぐるみの乗るソファへ腰を下ろした。
 初めてやってきた慶吾の住まいは、会社と居酒屋のある駅から、ふた駅離れた立地のいいマンションだった。
 部屋はイメージと違って少し散らかっている。

「たいちゃん!たいちゃん!愛美とご飯食べようよ!お泊まりする?おふろ入る?保育園一緒に行く?」

 すっかり泰助にべったりの愛美を笑いながら、いそいそとキッチンに立つ慶吾の後ろ姿に、泰助は呆然としていた。

「……愛美ちゃん、ご飯いつもパパが作るの?」
「そうだよ!ママはなんにもしたくないんだって!愛美がお洗濯畳むお当番サンなの!」

 胸を張る愛美に、だから洗濯物はごちゃごちゃでカゴに入ったままなのか……と納得した。
 慶吾のワイシャツがいつもパリっとしていて清潔なのは、クリーニング違いない。
 立ち上がって慶吾の隣に立ち、愛美を指差す。
 指先を追って慶吾が愛美を見ると、大きなタオルと格闘していた。

「俺、料理だけは得意だからやってもいい?大事なものもあるだろうし、部屋の片付け当番はパパってことで。ね、愛美ちゃん」

 当番!当番!と張り切る愛美に二人は笑った。









 あれからオムライスとコンソメスープを作り、三人で夕飯を済ませてから泰助は愛美とお風呂に入った。
 愛美はずっと泰助の隣から離れようとはせず、『一緒に寝る!』と眠りにつくまでずっと泰助の手を握っていた。
 子どもの寝かしつけなど分からない泰助はひたすら愛美の髪を撫でていた。
 慶吾とのセックス後、疲れてうとうとしているときにされるとすごく心地よかったからだ。
 その安心感を、少しでも愛美に分けてあげたいと、泰助は可愛い寝顔を見た。
 温かい、小さな可愛らしい手。溢れる笑顔に、自然と泰助も笑顔になる。

「慶吾、愛美ちゃん寝たよ。ごめん、お風呂まで借りちゃって……しかも愛娘と一緒に」

 愛美の眠る和室から出て、リビングでパソコンをいじっていた慶吾の隣に座り込んだ。

「こっちこそありがとう。愛美、すごく嬉しそうだったね。ベッタリで疲れただろ」
 
 隣の体温に慶吾は微笑み、優しく肩を抱き寄せた。

「あんなに楽しそうに笑ってる愛美、久しぶりに見たよ。……奥さん、育児放棄で世間体だけ気にして保育園の送り迎えだけしてるんだ。今も多分、余所の男のところかな。もう4年以上家庭内別居みたいなもんだよ。今までは俺の母親もいて、愛美を見てもらったりできたけど、先月事故で亡くなってね」

 パソコンを閉じて目を瞑った慶吾が泰助の髪を撫でる。
 泰助は静かに慶吾の話に耳を傾け、彼の手を感じながら床のラグを見つめた。

「定時で上がれないと保育園の延長時間にも間に合わないから、今必死で仕事整理してるんだ。奥さんとは来月離婚する。……本当は週末、愛美のお泊まり保育の時に話そうと思ってたんだ……」

 週末。久しぶりのデートの約束だ。そわっとした気持ちが泰助の胸をくすぐった。期待と、不安。
 泰助は母子家庭だったため、離婚と聞いて表情が曇った。
 幼い頃は相手にされず、大きくなれば、ほったらかし。
 機嫌が悪い時は言葉の暴力の的。誰も止める者などいない。
 慶吾はそんな親ではない筈だが、愛美の寂しさを思うと心が沈んだ。
 幼少期からの環境もあり、泰助は歳の割に気が利き、周囲の反応に敏感だった。いつも母親の機嫌を伺っていたからだ。
 自然と察しがよくなったし、聞き分けもいい。
 しかしこの話の先だけは聞きたくなくて、弱々しく首を横に振った。
 慶吾は責任ある大人で、育児放棄の母親の代わりに仕事も育児もするだろう。
 そうなると自然と慶吾自身の時間は減り、泰助との時間もなくなる。
 その先にあるのは別れというものだ。
 慶吾の生活を見て、彼が苦労していることは分かった。
 まだ高校生の自分はさらに苦労になるに違いない。泰助は零れそうになる涙を耐えた。
 震える肩を感じた慶吾はハッと息を飲み、顔をのぞいた。

「泰助……泣かないで。泣かせたいわけじゃないんだ……」

 慶吾が抱きしめて背中を撫でてやれば、泰助は声を抑えて少し泣いた。









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