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 コーヒーショップでブラックコーヒーを一口飲んだ古谷は、キッシュにフォークを差し込む春海をじっと見つめた。
 外見は女性だが、手術済みのニューハーフ。
 バーやクラブのオーナーをしながら、裏では金にがめつい情報屋だった。青樹組組長、希綿の情報屋のひとりだ。
 古谷はその情報屋の方にスカウトされていた。

「仕事できて、調べ物もできるのよ。最高じゃない。サツなんか大した後ろ盾じゃないけど、アタシはそれなりに顔も利くし。士郎は腕も立つから危ない目にあってもへこたれなさそう」
「いやいや、刺されてるし」
「それは同僚の為でしょ」

 知らないとでも思ったの?と鼻で笑い、古谷を馬鹿にしてキッシュを一口ずつ口へ運んだ。
 古谷は反論出来ずにホットドッグにかぶりついた。

「それと、頼まれていた件だけど……今、新堂漣の持ち物や財産は柴谷凌雅に移ってるわ。若いけどなかなかやり手の実業家よ。そしてイケメン」
「最後のどうでもいいです。てか、柴谷凌雅って……あの、白城会のトップだった柴谷玄?」
「そうよ。柴谷凌雅は一人息子。表では新堂の右腕だったわ。今じゃ彼が社長。裏の仕事も手伝っていたようだし、ヤクザの一人息子ともなれば柴谷凌雅も真っ黒黒ね」
「有沢との繋がりは?」

 間髪入れずに古谷が質問すると、春海はバッグから取り出した一枚の写真を見せた。撮影された写真には凌雅と想が親しげにホテルのレストランで談笑しながら食事をとっている様子が映し出されていた。

「毎週、水曜に会ってるわ。ま、仲良しね」
「あー!イヤダイヤダ。また権力者と仲良くしてる」
「なにその子供みたいなの。新堂の右腕だった柴谷凌雅が有沢と親しくてもおかしくないわ。新堂と有沢は恋人だったって噂……というか事実だもの」

 事実だもの。その言葉に古谷はホットドッグを皿に置き頬杖を付いた。迫った際に慌てふためいた想は携帯を取りに来なかった。
 それは暗に、中身に価値はないと言っているようなものだ。
 覗き見るのも気が引けているが、大物との繋がりは他で取っているのだろうかと、春海の顔をぼーっと眺める。

「……今、新堂はどこにいるんだ?」
「さあねえ……彼がまだ存在していた時でも暗黙だったことがあるの。そこそこ嗅ぎ回ったら消されるかもしれないわよ」
「まあ、愛人のひとりやふたりいて当然だろうけどガチの一人だったんすか?」
「何よ……やたらそこに執着して。まさか有沢に恋しちゃったわけ?」

 『やぁだあ!』と笑う春海に対して、古谷は真顔だった。それを見て春海は咳払いを一つしてから、声を潜めた。

「やめとけ。有沢の噂はひどいもんだ」
「噂?」
「士郎が調べても出てこないのも無理ないけど、それって上手く隠されてるってこと。ま、これ以上はお金、取るわよ」

 古谷はコツンと携帯電話をテーブルに置いた。

「有沢の」

 春海が素早く手を伸ばしたが、それを制して古谷は睨み付けた。
 春海は舌打ちして睨み返す。

「律儀な士郎のことたから、どうせ中身は見てないんだろうけど……金の匂いがぷんぷんするわ。貸しなさい」
「昼から圏外に。恐らく取りには来ないです。……春海さんの元で働くのは有りがたいですが、条件があります」

 なに?と視線は想の携帯電話を捉えたまま急かすように古谷に先を促した。

「俺には嘘を付かないでください」

 真剣な古谷の雰囲気に、春海は一瞬迷った。
この真っ直ぐ気質は手懐けれないだろう。
 けれど、有能であることは間違いない。古いつきあいだからそこ分かる。
 上手く動けて、信用出来る人間を求めていた。しかし、仕事は嘘や騙し合いが当たり前。
 春海は渋い顔で頷いた。

「士郎がアタシを裏切らない覚悟があるなら嘘は吐かないわ。今までもそうだったじゃない」

 古谷は春海を見据えたまま小さく頷き、想の携帯を春海に渡した。

「ふーん……ロックもかけてないのね。それに……なんだか思ってたより連絡先が少ないわね……たった22件。でもすごい……怖い名前がずらずらあるわ。あ!商売敵の名前!」
「昼から圏外になったんで取りに来ないかと。残しても問題なかった所を見れば大した情報はないんじゃないですか」
「そうね……繋がりはある『かも』程度だし、メールもSNSもほとんどしてないみたい」

 古谷は携帯電話に夢中な春海から視線をはずし、残りのホットドッグを食べた。想にどんな黒い部分があるのか、知らなくてもいいはずなのに大人しくしていられない自分がひどく子供っぽく感じて、古谷はコーヒーをゆらゆら揺すって乱れる水面を見つめた。
 ほぼ顔見知り程度の古谷を心配して病室に居座るような想だが、春海の話を聞く限りはあまり良い人間ではなさそうだ。
 それでも古谷は、知りたいと思っていた。感じる壁がなんなのか。
 知らなければ想の懐には入れないと、初対面の時から感じていた。

「うーん……あんたには勝ち目ないかも」

 春海の呟きに古谷が思考を止めて顔を上げた。見せたれた写真は五年以上も前の日付で、後ろ姿でパソコンに向いている。

「新堂漣よ。スマホの中の写真はこれ一枚。本人も忘れてるんじゃあないかしら?普通の若者じゃないのよ。楽しいことを写真に撮ることも、友達と遊ぶこともない。突然人生リセットされて、どんなことしてきたか事実は知らないけど、それでもそんな中で自分を受け入れて大切にしてくれる人がいたら、そりゃあね……あんたじゃ無理よ、むーり!」

 古谷は画面に映る新堂漣を見て、大きく溜め息を吐くと椅子の背もたれに寄りかかって店内の照明を見上げた。

「士郎も今は家族を無くして、会社に捨てられて、ナーバスになってるだけだから、そのうち正気に戻るわよ。いい?まず相手は野郎なのよ!」

 『分かってんの?』と語気を強めた春海に、古谷は適当に同意して話を終わらせた。







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