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 出勤した想に最初に声をかけたのは、呆れ気味の島津だった。

「なんで電話に出ねぇんだ、ボゲ!用事があったのによ」
「無くしちゃったんだもん」

 だもん……て、と呆れて島津は盛大な溜め息を零した。
 開店前の店内でのやり取りに、藤井が笑う。

「お二人は仲いいのに、喋るといつもそんななんですかぁ?」
「仲良くねえよ。有沢が俺のこと好きなだけ」

 自信満々に言って、店の入口を『open』にするために島津は出て行った。
 想も否定せず、藤井とグラスを並べていた。藤井が、チラチラと想を見るため、想はどうしたの?と藤井を見た。

「そのぉ、今日は……髪をアップにしてみたんですよぅ……」

 少し俯き、上目がちに想を見つめる瞳に、想はドキッとして固まった。照れているように見えて、その視線は古谷のように強く、想に何かを求めているよに感じさせる。
 想は、古谷の時のようなヘマはするまいと、微かに微笑んで視線を布巾へ変えた。

「すごく可愛い。藤井さんはどんな髪型も似合っていいな」
「本当ですかぁ!やったぁ!」

 ふふふ!と笑って藤井は前髪を弄る。
 ご機嫌な様子の藤井に微笑み、想は綺麗に磨かれたグラスを更に磨いた。
 古谷も藤井も、本当の自身を知らないからあんな視線を向けてくるんだと想は無心にグラスを磨いて並べていく。
 本性を知ればあの視線は変わるだろう。

「いらっしゃいませぇ!」

 来客を告げる藤井の明るい声に、想も微かに笑みを浮かべて顔を上げた。









 閉店後、片付けをしてジャンパーを羽織った島津は呆けている想の横っ腹を背後から平手打ちした。

「いっ……何だよ!」

 油断していた想は痛む横腹を押さえて眉をつり上げる。
 島津は何も言わず、想をじっと観察した。

「藤井に告白された?気持ちに答えられねえから責任感じてるのか?」
「は……?」
「今日はお前、いつもより藤井と距離あったから。分かりやすいからさ、有沢って。その気がねぇのは知ってるけどさ、変わらず接してやれよ。従業員なんだから」
「……俺のこと見ないでよ」

 想は片手で顔を押さえると、赤くなっている顔を隠すために俯いた。
 島津が新堂の部下であった時は想を一番近くで見ていて、親しい仲だった。様子を見てしまうのは最早、癖のようになってしまっている。
 あの頃は仕事だったが、今は友人として。

「俺だって有沢なんか見たかねえのに、なんかついつ見ちまうんだよ……ビョーキだ、ビョーキ」

 想はなんとなく頷き、顔は隠したまま気まずそうに小さな声で『ありがとう』と告げた。

「別に藤井さんと何かある訳じゃない。ただ、藤井さんの俺を見る目ってなんか強くて……あ、島津とはまた違って、優しいんだけどさ」
「……今更かい。ずーっと変わらずあんな目で見られてんぞ。なんで突然気が付いた」

 ウソだろ……と言うような様子で顔を上げた想に、島津はやれやれと首を振った。

「大丈夫かよ。あんまギクシャクなると仕事しずらいんじゃねえの」
「……だ、ダイジョーブ……今までみたいに普通に……」

 古谷の所為で知らなくて良いことにきがついてしまい、想は小さく溜め息を吐いた。
 あれは冗談だと思いたい想だったが、藤井の気持ちを島津に裏付けられてしまった。藤井のように核心に迫らず遠く程よくアピールしてくる程度ならばいいが、古谷のように行動に示されると逃げるしかない。
 突き放したように言えるのは、本当に嫌な相手だけだ。
 古谷は好きにはなれないが、悪い人間ではないと想が知ってしまっていた。

「しばらく楽しめそうだな」

 人の気持ちも知らず、ニヤニヤしている島津は適当に挨拶をして店を出た。
 想も気持ちを切り替えるためにジャケットを羽織って戸締まりを確認して店を出る。

「……朝になったらスマホ買いに行く。古谷には会わない」

 誓うように言い、扉の鍵を閉める。
 想の中には誰かの気持ちに応えるという選択肢も、余裕も存在していなかった。









 日が変わり、古谷は退院の手続きと会計を終わらせて消毒と抜糸の予定を決めていた。3日程だったため、荷物も殆どない。
 看護師が笑顔で病室を出て行くのを見送り、古谷も病室を出ようと立ち上がった。

「電話くれればいいのに。水臭いわね」
「……春海さん?!……これから伺うつもりでした」

 細身で長身な三十代後半のふんわりパーマをかけた黒髪の女性がピンヒールをしっかりと地に着け、仁王立ちして廊下に立っている。手には流行りのブランドバッグが目立つ。

「無職なんでしょ。アタシのとこで働きなさいよ」
「え?!ニューハーフバーで俺が?!」
「アホ言えるなら大丈夫そうね。でも、もうひとつの仕事の話は真剣よ」

 『ランチに付き合いなさい』と春海が踵を返してずんずん先へ行く。古谷の答えなど聞いていないとばかりに小さくなっていく背中に、仕方なく付いて行った。









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