個室の病室、3階の窓際に立って想は外を眺めていた。首から下げた二つのリングを指先でいじりながら、もう何時間もそうしている。
 日付けが変わり、すでに昼になっていた。
 酸素吸入器や点滴に繋がれているものの、刺されたと言うよりは深く抉るように切られていた古谷。深い傷で出血が多く危険な状態だったが、輸血と縫合だけで済み、臓器なども無事だった。
 時々目を開けて周りを確認するが、すぐに目を閉じる。出血多量と検査のための麻酔の所為か、うとうとを繰り返していた。
 想は警察の取り調べにも当たり障りなく答え、客と店員と言う話をした。警察側もあっさりと帰り、想も何度か帰ろうと思っていたが出来ずにいた。
 点滴や呼吸器等に繋がれている姿が、双子の姉、春と重なる。
 もし、想がここを離れてしまえば古谷を始末しに来る人間から彼を守ることは出来ない。襲われたという事が、想は心配だった。
 探りすぎたと、本人も言っていたからだ。
 普通、ただ歩いていて刺されることなど稀だろう。加えて、古谷には仕事以外の連絡先がなく、それが更に想をここに居座らせていた。

「入るぞ」

 声の主は返答を待たずにドアを開けた。想はリングをシャツにしまい、窓際から離れた。

「若林さん!もち太の散歩してくれた?」
「ああ、寂しがってたぞ。今は俺の家にいる。想、あんまり厄介なことに関わるなって言ってんだろうが。それが人助けのためでも止めてくれ」

 ごめん……と笑う想の頭を強引に抱き込み、若林は軋むほど抱き締めた。

「……お前が刺されたのかと思った」

 安堵の色を滲ませた声に、想は弱々しくもう一度謝った。声から、腕から、想を思う気持ちが伝わり、ぽんぽんと背中を叩いて返答する。
 腕から解放され、想は気まずそうに若林を見た。心配させないつもりが、がっつり心配させてしまった。

「あんまり悪い子だと閉じ込めちまうぞ」
「うん、本当にごめんなさい」
「まだ帰らねえのか?」

 若林が想を伺うように見た。
 想は視線だけで古谷を見る。
 腕を組んで、若林は古谷を眺めた。見知った顔だと呟く。

「心配なら部下を置いてやるぞ」
「彼、警察官だよ」
「知ってるよ。しかも元暴力団対策課の奴だろ。俺は北川の部下だったんだから顔もよく知ってる」

 そっか……と想は頷き、俯いた。
 若林は想の肩を励ますように叩き、古谷の元へ歩んだ。腕を組み、睨みつける様に見下ろすと、眠たそうに開けられた古谷の瞳が若林を見た。

「お前をやったのは俺達じゃねえよ。ひでぇ話だが自分の仲間にやられたんだ。分かってんだろ。もう想に寄るな。俺にとっては何より大事な甥っ子だ」 

 古谷は目を閉じると、微かに頷いて弱々しい声をぽつりと出した。

「ありさわ……酷いこと、言った、から……死ぬ、前に……謝り、……たくて」

 『そのおかげで死なずに済んだな』と若林が低く言った。

「俺は……悪口とか貶されることには慣れてるから気にしなくていいですよ」

 呆れたように言う想に、『そうか……』と古谷は吐息のように呟き口端を僅かに上げた。









 外が暗くなりだした頃、想は出勤前にシャワーを浴びる為に帰宅することになった。
 古谷の元には若林の部下がやってきた。若いが腕っ節のある青年で、病室の隅のソファに座り、漫画を読んでいる。左の眉から口端まで縦一直線に残る傷跡とシャツの襟から覗く首まである刺青らしき物以外は普通の若者に見える。
 古谷は既に点滴等が外され、痛み止めを減らし始めた。

「こんな怪我で麻酔なんて……」

 傷の引きつりに顔をしかめて古谷はベッドから降りた。ちらりと、その様子を青年が見る。

「せめて座ってたらどうっすか」
「黙れ」
「……偉そうに」

 青年は舌打ちして再び漫画を読み始める。
 古谷は窓際から暗くなりつつある外を見た。ヤクザに保護されていると思うと、古谷は盛大な溜め息と共に肩を落とした。
 控え目なノックが鳴り、青年と古谷が扉を見る。
 青年は古谷に止まるように指示し、静かに扉をスライドさせた。

「あんたダレ?」

 青年は鋭く睨み付けて言った。扉の外には加藤と言う古谷の後輩が俯き気味に立っていた。

「同僚だよ、多分……大丈夫」

 窓際から古谷が声をかけると、青年は中に入るように促した。
 加藤はおずおずと中に入り、古谷に頭を下げた。

「怪我、大丈夫ですか……?」

 古谷は加藤を見据えて一度、頷いた。
 加藤は何度も頷いてベッドの上に書類を置く。

「そ、その……係長が、辞表をもらって来いって……」

 そわそわと、視線を定められない加藤。古谷を見たり、足元を見たり、落ち着きがない。
 古谷はそんな彼に眉尻を下げた。迷わず加藤からの書類をテーブルに置いて名前を記入した。

「どうぞ」
「あの、その……ほ、本当に……お大事にっ……」

 加藤は書類をひっ掴むと逃げるように病室を出て行く。
 青年はドアを開けてやり、見送った。

「挙動不審すぎだろ」
「……仕方ない。上に逆らうのも勇気がいるし、手に余る仕事を押し付けられても断れない。そっちもそうだろう」

 自分を襲ってきた時の加藤を思い出して、古谷は微かに笑った。可哀想なほど怯えて、マスクと帽子の隙間から見えた目には涙が見えた。普通の感覚を持っていたであろう加藤には酷な命令だろう。そう思うと何故か古谷は自身が悪かったようにさえ感じる。
 小さな溜め息と共に、古谷はベッドに座った。 

「職探しなら……若林さんが力になりますよ」

 青年が古谷の背中に声を掛けると、古谷は軽く手を挙げるだけで答えず、考え込むように俯いた。






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