一週間。古谷はアルシエロに現れず、想も彼に渡す予定であるガセネタを持ったまま日々穏やかに過ごしていた。
 島津も蔵元も、警戒しながらも普段と変わらずに働いていた。

「諦めたかね」

 奥のキッチンでホットサンドを作る蔵元の横に立ち、想はプレッツェルを並べてオーブンに入れた。

「んー……なんか見られてる感じも最近しないんだよな」
「逆に俺がこっそり接触してやろっか?」
「蔵元って意外と大胆だよね」

 少し気が軽くなり、そんな会話をしていると表に出ていた藤井が想を呼びにやってきた。
 常連客や若林などが呼び出すこともあるが、藤井の固い表情を見れば一目瞭然だ。
 想の溜め息に蔵元が肩を叩く。

「はい、藤井ちゃん、五番にチーズのホットサンドよろしく」

 蔵元は藤井のトレンチにお皿を乗せ、藤井の為に扉を開けた想が続いて表に出る。
 そのまま想は一番端のカウンター席に見えた古谷の元に近寄った。隣に座り、こんばんは、と声を掛けた。

「てっきり理由を付けて出てこないかと思ったが……」
「お客さんとしていらしたんですよね」

 少し驚いた様子の古谷に、想はテーブルに置かれたロックグラスを指差して苦笑いした。
 本当は会わない。そのつもりだったが、問題は早く片付けたい。それが警察相手なら尚更だ。

「……先週はすまん。アンタに酷いことを言った」

 突然の謝罪と、雰囲気の違う古谷に想は調子を崩された。瞬きを数回、ぽかんと古谷を見つめた。
 この前のように高圧的に探られるのか思っていた想が返答に困っていると、古谷は微かに口元に笑みを浮かべた。僅かに残っていたアルコールを飲み干すと、氷がグラスを叩き、カランと軽やかな音を立てる。

「アンタ、何者?皆が探るな、関わるな、止めておけって……逆に気になるだろ?」

 想は答えず、グラスを握ったままの古谷を見ていたが、カウンターに立つ従業員の清松に視線を向けると、お変わりを持ってやってきた。古谷の前にグラスを置き、清松は想にぺこりと頭を下げて離れた。

「俺の奢りです」

 ああ、すまん……と古谷が新しいグラスに手を伸ばした。

「俺はヤクザの繋がりより、事件にばかり目を向けてた。アンタのこともよく知らなかったし、興味もなかったよ」

 古谷は少し酔っている様子で、カウンターに肘を置いて頬杖を付いた。視線はずっと軽食のメニューを向いている。

「……弟のことは、諦めるしかないのかもな。深入りしたらいけないって分かってるんだ。青樹組はデカいし、正直俺なんてアリンコ同然だよな」
「……古谷さん、噂程度ですが、弟さんは替え玉にされたと思いますよ。天黄会の舎弟頭の名前を聞きました」

 想は決められたセリフを読むように告げた。
 古谷だったらこの天黄会の者を調べることは出来るし、小さな組が大きな組に利用されるのも常。
 尚且つ彼は数日前に暴走族のチンピラに刺殺されていた。
 想は嘘を付きながら古谷の様子に胸がキリっと痛んだ。
 彼の弟は、想の替わりに捕まり、結果的に亡くなったのだ。家族が理不尽に命を奪われる気持ちを知る想は、古谷の気持ちがなんとなく分かった。

「……アンタの方が、詳しいか……。お兄さんお代わりお願い」

 古谷は自嘲し、ちらりと想を見てからすぐに視線を従業員へ向けた。グイッと飲み干し、新しいアルコールにすぐに手を伸ばす。

「北川は襲撃されて死んだが、アンタは奴が死んで悲しかったか?」

 想のことを北川の愛人と思っているらしい古谷の言葉に想は首を横に振った。
 古谷はそれに頷く。

「北川は……親の仇なんだろ?死んで清々した?新堂漣は?奴もアンタの恨みを買ったのか?新堂が姿を消すまで一緒に住んでたそうじゃん」

 突然出てきた新堂の名前に、想はビクッと身を固めた。
 それを見逃さない古谷。じっと想を見つめていた。酔っているのは明白で、少し眠たそうな目をしている。

「飲み過ぎじゃないですか?……タクシー呼びましょうか」
「新堂漣と北川、アンタはふたりをどうしたんだ?」

 想がタクシーを呼ぶために立ち上がろうとしたが、肩を押さえられて叶わず、想が困ったように古谷の手をそっと外した。

「俺にも分かりません……」
「新堂漣も死んでるのか」

 想は弱々しく首を横に振った。 

「……ごちそうさま」

 古谷はふらつきながら立ち上がり、財布を出した。想がそれを止めて、外に連れ出す。

「タクシー呼びますね」

 想がエプロンから携帯を取り出した時、横にいた古谷はゆっくりと膝を折るようにその場に腰を落とした。

「あんまりいいお酒の飲み方じゃないですよ。めんどくさいな」

 タクシーは三分で着きますと応え、想は座り込む古谷に手を差し出した。

「ご自宅はどちらですか」

 答えない、手を取らない、想は呆れてその場にしゃがみ、古谷と視線を合わせ、息を飲んだ。
 気を失いかけていた。

「ーー古谷さん!?」

 異変に、想が身体を支えると腹部が湿っている。
 黒いスーツで一見分からなかったが手に滲んだものは血液だった。スーツにあるのは大量の出血ではないが、内側に当てられたタオルはべっとり濡れている。店内の様々な匂いでまったく分からなかった想は慌てて救急へ電話をかけた。

「××区の××です。人が血を流しているようで…はい、いいえ。詳しくは分かりません。はい」

 想は冷静に救急車を呼び、受け答えしながら古谷を横にした。
 何事かと人が集まり始め、心配そうに上着を差し出してくれる者もいた。店の従業員が清潔なタオルなどを取って来る。

「古谷さん、いつ怪我されたんですか!古谷さん!」

 この怪我で店に来たことに、想は古谷の行動を異常だと思った。
 タオルで止血してあるだけという状態から、怪我を負ってから店に来たのは明白だった。
 心配そうに見守る野次馬をかき分けるように救急隊員が路地を抜けてやってきた。
 あっという間に救急車に運び込まれる古谷を立ち尽くして見ていた想は救急隊員に話を聞かせて欲しいと、乗るように言われて仕方なく同乗した。

「想くん!大丈夫?!」

 蔵元が大声で想を呼んだ。
 想は頷いて処置されていく古谷を見ながら救急隊員に促されて救急車の簡易椅子に腰を下ろした。






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