古谷の経歴を見ながら、想は島津の話に首を振った。
 蔵元も少し驚いて想を見る。

「古谷は俺の仕事に遅かれ早かれ気付くよ。裏社会に馴染めるくらいだ。勘も良さそう。……だから、早めにヤツの求めてる物を渡してやろうかと」
「真犯人ですって名乗るのかよ」
「ん?」

 島津は思わず真犯人は想だといった。
 蔵元が敏感に反応して、慌てて口を押さえるが遅い。
 想は眉尻を下げて、蔵元にも『自分が立花全を殺した』と伝える。

「……そうだったんだ。大変だったじゃん。想くん、俺たちには言っても大丈夫!分かった?」

 普段適当な蔵元が、想を諭すように言った。
 島津も目元を緩めて頷く。

「島津、蔵元、ありがとう。……ヤツは弟は本当は手を下していないって知りたいんだから、弟は無実ですって認めてやろうかなって」

 想は家族が理不尽に死ぬ事の辛さを知っている。
 古谷の事は好きではないが、気持ちが分からないわけではない。
 想の考えを蔵元が吟味して頷いた。

「あれこれ調べられるより、こっちから答えを渡した方が安全かもね!俺も島津も元白城会だし、古谷の情報網に引っかかればまずいこともでるかも…想くんは過去の仕事がヤバいもんねえ」
「希綿さんから名前を買うよ。最近、行方不明になってる人間とか。使わせてもらう」

 想は念のために調べられても良いように銃を柴谷に預け、責問等の仕事をしていた頃の靴や古いスーツは処分してきた。それらは最早灰になっているはずだ。
 玉ねぎに手を伸ばして皮を剥きながら島津は頷いた。蔵元が携帯電話を想に差し出す。

「希綿さんに連絡するなら早めにしとき?俺の使って良いよ。念のため。対策済みだからさ。俺なら絶対盗聴するもん。盗聴ダイスキ」

 ニヤリと危ない笑みを浮かべる蔵元の頭を島津が叩いた。

「趣味が良くねぇ」
「いてっ……ハマるよ?島津もやる?」

 蔵元の誘いに、島津は『次はグーだぞ』と凄んだ。
 唇を尖らせて黙った蔵元を横目に想は笑い、希綿へ電話を繋いだ。









「古谷さん、俺はもうアンタのために動けねぇっす」
「なんで?」
「岡崎組は今、若林さんがボスですよ。あの人、仲間と市民には大らかですけど、裏切り者やゴミには容赦ないっす。有沢のこと、組長は息子ってか弟ってか、とにかく凄く大事にしてんですよ。俺は北川さんに付いてましたけど、やっと若林さんて言う組長に仕えられるんで、もう連絡しませんよ。若林さんだけは裏切りたくないんでね」

 古谷は同世代の男からUSBを受け取り、手のひらでそれを転がした。
 男はさっと古谷の前から消えて人混みに紛れる。
 帰宅ラッシュに紛れて交わした僅かな言葉を最後に、男は古谷との連絡を絶った。
 元は警官だった男さえも靡かせる若林という男。確かに仁義や人情を重んじると聞き、ある意味では警察より好かれいるとか、頼りになるとか。一方では語るのも恐ろしいと。
 古谷はファーストフード店の隅で、パソコンを開いた。渡された少ない資料に目を通す。
 有名な進学校の制服を着た、今とあまり変わらない姿の彼の写真が数枚。

「……苦労知らずか……失言だったかな」

 暴力団関係の事件に携わっていた古谷は、殆どが犯罪方面の捜査であった。情報共有は警察内部にも呼び掛けがあるが、細かいことまでは分からない。
 先程の男から渡された資料は約八年前の有沢製薬社長死亡関連のものだ。鬼島組と北川の金の流れと繋がり、想の両親の死亡記事、有沢製薬の吸収合併、新薬の裏取引についてが僅かに載っていた。
 その日、子供たちは周囲から消えた。両親とは違い、死体が見つかっていない。
 親戚に引き取られた、祖父母に預けられた、関係者の話はそんなものだった。
 家族も金も家も無くした人間が行き着くものはなんだろう、と古谷は考える。
 整った顔立ちの姉弟だ。そろってヤクザの好きにされていたのだろうか。自然とため息が溢れた。
 喫煙席の端で思案していた古谷の向かいに、年配の男が『失礼する』とひと言告げて座った。
 古谷は相手を確認すると軽く頭を下げる。 

「お前ぇ、あんまり深入りすんなっつったろうが。有沢想は触れちゃいけねえ爆弾だ。大人しく安全課の仕事をしとけ」
「課長、俺は仕事してます。これは個人的なものです」
「個人的なものならその範囲でやれ!」

 古谷は押し黙り、向かいの男をじっと見つめた。まだ刑事だったころの上司に、諭されても視線は弱まらない。

「はー……俺の部下が少しつけたが、アイツは気付いた。止めとけ。関わるとみんな死ぬぞ」
「だからアイツを調べたいんです。何か知ってそうだから!」

 古谷がぴくりと元上司の言葉に眉を上げた。

「北川も元白城会の新堂もアイツと関わった後、死んでいるだろう」
「新堂漣も死んだと判明したんですか」

 いや、証拠はないが……と言葉を濁す。

「兎に角、署内でもお前、色々探るのを止めろ。次見たらどっかの派出所に飛ばす。お前は色々情報があるから近場に置いてるだけだ。荒らすなら容赦はせん。こっちもヤクザ相手に捜査してんだ。余計なちゃちゃいれられると堪らん!」 

 古谷の言葉を待たずに、男はコートを整えて立ち去った。
 残された古谷は、歯を食いしばった。
 弟はどうしようもない人間で、死んだ両親も見放すほどだ。だが、刑務所で自殺した弟と対面した時は、息が出来なくなった。
 火傷、擦り傷、切り傷、打撲。舌にはピアスが四つも付けられ、肛門裂傷で外も中も傷だらけだった。
 薬でおかしいままだったら、自殺などしなかったと思うと、古谷はやりきれない。
 目元を押さえ、古谷は暫く俯いたままそこでじっとしていた。










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