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想はコンビニの袋をそっと柴谷の掛け布団の上に置いた。
ガサガサと軽い音を立てて柴谷が中身を確認する。ポテトチップスのり塩。柴谷は顔を綻ばせた。
「これだ、これ。やっぱりのり塩が一番だろ」
「俺もそう思います」
想が微笑んで頷くと、柴谷も笑った。
その様子を見ていた咲子も微笑み、気を利かせて病室を出て行く。
「お茶煎れますね。お湯を沸かしてきます」
咲子の足音が消え、柴谷はポテトチップスの袋を想に開けさせた。
左半身はもう動かなくなっており、目も殆ど見えていない程だった。先も長くはないと、本人からも聞いていた想は言われずとも食べやすいように綺麗に拭かれ、伏せられていたプラスチックのお皿にお菓子を入れて差し出した。
「で、何を頼みたいって?」
「少し、預かってほしい物が」
「なんでも置いていけ。下の鞄が私物だ」
「助かります。ありがとうございます」
想は懐から銃と弾を纏めてあるタオルを取り出し、柴谷の鞄に入れた。きちんと鞄を締める。
「なんで俺から大事なもんを山ほど奪ったお前の願いなんぞ聞いてるんだろうな。自分が分からんわ」
想は『すみません……』と小さく謝った。
柴谷の大切にしていた白城会を潰したのは新堂だ。だが、柴谷曰わく『想の為に新堂は姿を消した』と言う。つまり、想が白城会を潰したのだと。
想もそんな考えを持っていたため、頭を上げられない。詳細は明かされなかったと言うが、白城会を潰すような行動に、頭を下げに来たそうだ。『戻るまで想の味方でいて欲しい』と。
柴谷からその言葉を聞いたのは半年ほど前だが、その言葉に不謹慎ながら想はとても心が軽くなった。
新堂は、ただ想を置いていった訳ではないと少しでも感じたからだった。『戻る』という言葉に胸が熱く、痛んだ。
「それでも、息子同然の漣の連れだからな。凌雅もお前を弟みたいだと気に入っているし、もう……俺が出来ることは何もねえから、出来ることならなんでもしてやるよ」
想は穏やかな柴谷の言い方に頷いてから、もう一度頭を下げた。
彼の腹違いの兄であった立花全を殺したのも想だ。本当に、柴谷から大切な物を沢山奪っていた。柴谷は立花全は死んで当然と言ったが、悲しみの色も伺えた。
それを覚えている想は、拳を握り締めて目を閉じた。
誰でも、誰かと繋がっていて、無くなれば深い悲しみが生まれる。
今回の古谷の件もそうだろう。想は拳を緩めて、目を開くと病室の窓へ視線をやった。
「お前は変わってるな。黒い仕事ばっかしてきた筈なのに、どっか清く見えよる。普通は、心を病んでるか死んでるわ」
想がよく分からないと言った顔でまばたきを繰り返す姿に柴谷は笑った。
「そう言うところに漣はハマったんかもな」
「漣がいなかったら、俺は死んでました」
一時期は、仕事とは言え人を傷つけ続けたことに押し潰されそうで、死んで終わりにしたいと思ったこともあった。
それを変えたのは新堂だ。
側にいて、他に視線を向けることを教えてくれた。深い暗闇に迷っても、帰る場所になってくれた。そのお陰で強くあれた。
「銃は俺が死んだら咲子が預かるが、早く問題を片付けてこい」
語らずとも、柴谷は感じていたようで想は驚いた。
柴谷はポリポリとポテトチップスを食べ終え、次を要求する。想はお皿に適量ポテトチップスを移した。
「若坊を頼らんでいいんか」
「その、出来るだけ自分でなんとかしたくて。若林さんに言ったら心配させそうで」
鼻で笑った柴谷に、想は苦笑いして襟足を掻いた。
「いい心構えだ」
柴谷は頷いて、ポテトチップスを頬張った。
*
二十分ほど、咲子の世間話に耳を貸し、病院を出た。
想は島津と蔵元からの呼び出しで少し早めに店に向かうことになった。
ランチ時の賑わっている街中を足早に抜け、少し奥まった通りに出るとすぐにアルシエロが見えた。
ふと、視線を感じて想が振り返った。目視出来る場所に此方を見る者はいないが、想は嫌な気分で古谷の顔を思い浮かべた。
「……あの警察官、仕事してないのかよ」
想は怒りを押し止めながら『close』と書いてあるドアを開けて店に入った。
カウンターには島津と蔵元がおり、沢山の玉ねぎか入ったダンボール箱が目立った。想が首を傾げる。
「山盛り玉ねぎ?」
「想くんお疲れ!これは商店街の八百屋さんから。ほら、この前お婆ちゃんが闇金に騙されたとき助けてあげただろ?そのお返しだってさ」
ああ……と想が優しく目元を緩めて頷く。
「お婆ちゃん元気かな?すごく落ち込んでたから何度か会ったけど、変わらない?」
「ピンピンしてた。また店に立ってる。つーワケで、今日のオススメはオニオンリグだな」
島津がダンボール箱を叩く。
一方の蔵元はノートパソコンを想に渡した。
「古谷士郎、三十歳。元は暴力団対策課の刑事で、本人の言うとおり北川と連んでたクサい。身内の不祥事で今は刑事じゃなくなってる。まあ若いなりに頑張ってた方じゃないかね。経歴はそこに出てる感じ」
「つまり、ヤツにはこっち(裏社会)絡みに強い情報源があるってことだ。まあ、北川だって古谷に明かさないことの方が多いに決まってるし、死んでるからな。しらばっくれてるのが一番じゃねえか。ヤツは有沢が真犯人とは思っていないが、それに近いって勘ぐってるんだろ?」
蔵元の情報に島津が付け加えた。
想も頷き、考えるように腕を組んだ。
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