想は紙幣を数える島津を眺めて、持てる限り可愛く言った。
 
「ねーえ、島津さん?ボク、1ヶ月くらいお休みが欲しいなぁ」
「二回くらい死ねよ」

 閉店後の静かな店内に島津のツッコミが響く。

「これからの時期は混むし、中田が休み取ってんだから俺らも出ねぇとサービスよくできねぇだろ」
「警察に狙われてる」
「どす黒いからな、有沢は」
「……否定できない自分が哀れだ」

 荒れてカサカサの指先を擦って、想は視線を下げた。
 いつもなら生意気な口のひとつやふたつ言い返す想が、大人しく頷く様に島津は思わずポカンとして数えていたお札を落とした。 

「……先帰る。おやすみ」
「ちょ、ま、待て!なんで狙われてると思うんだよ」

 想は、島津が出勤する前の出来事を簡単に説明した後、古谷が北川と繋がっていた事を付け足した。

「なるほどな。お前の事詳しく知ってたか?」
「……いや、北川のイロだったろって。イロってなに?」
「あー……愛人?みたいな」
「じゃあ俺が何してたか勘違いしてる。させとけばいいか……」

 想は少しほっとしてカウンターの椅子に座った。
 ただの愛人と思っているなら、それで合わせておけば想に黒い部分があるとは思うまい。そのうち役に立たないと分かれば余所に行くはずだ。
 想は出来るだけ古谷に会わないようにして欲しいと島津に頼んだ。
 島津は頷き、接客はやらなくていいと言う。

「しかし、今更……立花全か……実際ラリってたなら、希綿サイドが裏で糸引いてたとしても、殺したのは弟だろ」

 立花全を想が殺したことを知らない島津はそう言ってお金をしまうと金庫へ入れた。
 想は言えない秘密を隠すように表情には出さずに内心で島津に謝った。
 同時に、チラリと想を見た島津の眉がつり上がる。

「……は?なに?なんか隠してんの?」
「え?」
「その顔、俺には分かる。敢えて反応しない時の有沢は実はビンビンに反応してるってこと」
「…………察してくれたら助かるんだけど」

 たっぷりの沈黙の後、なんとかそれだけをひねり出した。
 島津は伏せられた概要をなんとなく模索し、あーあ……とやる気のない顔で上着のレザージャケットを羽織った。

「お前やばくね?相手のサツ、名前なんつったっけ。ちょっと調べとく」
「一緒に調べる?」
「お前は大人しくしてろよな。あんま寝てねぇだろ。ちゃんと寝ろ」

 ぴしゃっ!と言い切って島津は想を置いて店を出た。すぐにバイクのエンジン音が聞こえ、遠のいていく。
 想はカウンターに乗せた腕に顔を伏せ、目を閉じる。
 古谷は間違いなく想を疑っている。何故だろうかと、想は思考を巡らせた。警察は古谷哲郎を逮捕し、事件は終わったはずだ。それなのに、古谷哲郎の自殺をきっかけに独自で調べ始めるとは。真犯人がいると本当に思っているのだろうか。実際、想が犯人だが、未解決でもなく、終わっているのに。

「どうすれば諦めてくれるんだ」

 しつこそうな古谷。あの値踏みするような視線と、見下した言葉にふつふつと黒い感情が沸騰し始める。
 荒れた心を凪いで欲しい。出来るなら新堂に。
 急に心細くなって、想は首に下げている黒い紐をシャツから引き出した。先端には銀のリングが二つ。それを束の間見つめていたが、想はカウンターから立ち上がった。
 自分の力でなんとでも出来る。
 想は自身に言い聞かせ、まだ薄暗い明け方の静かな街中を抜けて一旦部屋へ戻った。









 一時間ほど、もち太の散歩をしてからシャワーを浴び、ダイニングのローテーブルでパソコンと書類を見比べ、翻訳していく。凌雅から受けているバイトだ。
 あまり寝たくない想は昼間にこのバイトをし、出勤前に少し仮眠をとる程度にしている。膝に身体をくっつけて伏せているもち太の背中を時々撫でながら黙々と作業をこなした。時計を見ると午前10時を少し過ぎていた。想は書類をしまってもち太とじゃれ合った。
 しばらく遊んでから寝室のクローゼットを開ける。新堂のスーツ類もそのままで、まだここに住んでいるように見える。想は小さく息を吐き、自分のスーツを取り出しま。白に水色のストライプシャツに薄いピンクのネクタイを合わせて明るめに着替える。

「いってきます」

 もち太を撫で、想は総合病院へ向かった。









「有沢さん、こんにちは。お見舞いですね」
「こんにちは。お邪魔します」

 春が入院していた病院には、未だに『元』白城会の看護師たちがいる。世間的にはちゃんとした看護師や医師たちで、一見ヤクザと繋がりが『あった』とは思えない。
 白城会は無くなっていた。
 新堂の後は適任がいないと、希綿が白城会を解散させた。
 組に残りたい者は各々望む組へ流れた。大抵は青樹組に。余所からお呼びがかかる者もいたが、大半はカタギに戻ることを選択していた。
 もともと、白城会は表向きにも正式な会社をいくつも抱えていた為、仕事を無くすも者もほとんどいなかった。希綿はこの結果を新堂も望んでいたと言ったが、とても落ち込んでいる人間もいた。
 柴谷玄だ。彼は白城会を立ち上げ、新堂に継がせた。だが、この結果だ。
 想はこの結果に自分も関わっていると思うと、申し訳ない気持ちで病室のドアをノックした。

「失礼します。有沢です」

 想が個室の前でそう告げると、内側から扉が引かれた。出迎えたのは五十過ぎの女性で、目元がとても凌雅に似ている。柴谷玄の妻、咲子だ。

「いらっしゃい。想くん」
「こんにちは。具合は如何ですか?」
「元気すぎて困っちゃうのよ。あら、ありがとう。ここのプリン美味しいのよね」

 想が洋菓子店の箱を咲子に渡し、病室の窓際に視線をやった。
 柴谷玄が想を見ている。想は頭を下げた。
 柴谷に呼ばれてベッドの脇に歩く。
 彼とは何度か会ったくらいの仲だったが、随分と痩せて小さくなった。髪は全て白髪だ。鋭かった目元も、今では殆ど眠っていて、起きた時も閉じている事が多い。
 そんな彼が近くにやって来た想の方へ顔を向けた。口元に微かな笑みを浮かべる。

「おめぇ、例のもんは持ってきたか」

 声を抑え、低く言う柴谷玄を見つめ、想は真剣な顔で静かに頷いた。  








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