「SDカード、ざっと百枚はあるぜ。どーすんの」
「うーん……予想外だった。あぁ言うナルシストはこう言う……記念品?的なの持ち歩いてるとは思ったけど、多すぎるね」
「カードに名前が書いてある……中田に確認してもらうしかねぇか」
「本人がよければ……」

 想と島津は一旦、アルシエロに帰ることを決めた。
 ホテルから近い廃ビル、防犯カメラもないその路地に止めてあったバイクに跨がり、島津は想が掴まったことを確認してアクセルをふかした。









 そろそろ閉店の時間となったが、未だにわいわいしている店。裏口から帰ってきた想と島津が事務所のドアを少し開けて賑やかな店内を覗く。
 蔵元が気付いて胸元で軽く手を振った。奥のベンチシートでは常連客が空のシャンパンボトルを抱いて熟睡している。
 それを起こそうと身体を揺らす蔵元と男性従業員を横目に、島津は静かにバックヤードから出た。女性従業員、中田のそばに行くとそっと耳元に一言二言告げる。

「……島津さん……」

 中田が声を震わせ、涙を溜め始めたことに島津は慌てて事務所を指差す。彼女は小さく何度も頷いて駆け足で事務所に入った。小振りなお尻に付いているポンポンが揺れ、可愛いな……と島津は首を傾げた。
 中田は真面目で大人しく、バニーガールをやるようには見えなかったが、想のために一肌脱いだと思うと益々可愛らしくて仕方がない。
 自身の奨学金の返済と妹の学費を回す為に、昼は新卒OLとして働き、夜はキャバクラなどで少しでも金を稼ごうとしていた田中。ヤクザをしてきた数年の経験から、真面目な人間ほど利用されやすい事はよく知っていた。金を求める人間、そこそこの容姿の女であればあっという間に風俗やAVだ。責任感がある者ほど逃げられない。
 白城会で下っ端構成員として共にヤクザをしていた知り合いのキャバクラから紹介されたのが中田だった。

『中田って人、キャバとか向いてなぇから……でも他の店に行かれたら店長に殺されそうだ』
 
 そう言った真面目な彼もまた、夜の店から抜けられない人間だった。身に染みている分、優しい人間か悪どい人間かで人に対する行動は変わる。
 夜の人間は多くが『自分が良ければ良い』だ。
 苦しむ姿を見たくないと言える人間は少ない。
 島津が中田の後ろ姿を見ながら物思いに耽っていると、藤井がビールを運んできた。
 中田とは対象に、藤井は美人で派手。すこし自信過剰だが、それに見合う外見と人当たりの良さを持っていた。

「やっと出て来ましたねぇ!棚卸し終わったんですかぁ?」
「終わった終わった。ビールサンキュー」
「有沢さんは出てこないんですかぁ?今日はワイシャツじゃなかったから新鮮だったなぁ」

 語尾にハートでも飛んでいそうな顔で言う藤井は想に惚れている。さもなくば、こんな個人経営の飲み屋でくすぶるような女ではない。
 藤井は男なら見てしまうであろう細い腰と魅力的な尻を厭らしく無い程度に振りながら店内のグラスを下げ始めた。

「……有沢にはもったいない良物件だろ、あの胸と尻は」

 島津はジョッキを傾け、藤井から視線を外して事務所の入口を見る。
 想が新堂を待ち続けていることを知っているため、藤井の叶わぬ恋に心の中で合掌した。









 中田は一枚のSDカードを持って頭を下げた。想は顔を上げさせ、着替えるように伝える。

「島津に送ってもらえばいいよ。しばらく休んで構わないから、妹さんの側にいて上げて。……辞められるのは……中田さん、仕事ができるから正直困るし」

 想が苦笑いして中田の抜けた従業員の顔を脳内で並べた。
 中田は週末の金、土、日曜だけ店に来ていた。大学生の妹のために必死で働く彼女。その妹が、先ほど想と島津がボコボコにした三人組のひとりと付き合っていた。しかし、ひと月程前、その彼氏に縛られ集団暴行された挙げ句にそれをビデオに撮られた。
 様々な付き合いのある想たちに、それを相談してきたのは中田だけではない。先程、現場として借りたホテルの従業員の妹も被害者の一人。そして大量の撮影の証拠から他にも多くの被害者がいることは明確だ。
 これで、少しでも被害者が減ればと思っていたが、あの三人は懲りずにやりそうだと内心確信していた。 
 バカは死んでも治らない。

「もう、その彼氏には会わないほうが良いよ」
「はいっ……絶対アイツに妹を会わせたりしません」

 中田が更衣室に消え、想は確認の済んだSDカードをペンチでパキパキと折り始める。警察に行っても『少しプレイが過ぎただけで、集団ではしていない』と言い張る男に、被害者は口を閉ざしてしまう。所詮男女間のセックスに被害者ぶられても困る、と遠回しに言われた中田の妹も黙ってしまった一人だった。

「警察って誰の味方なんだ」

 パキパキと処分を続ける指先に力がこもる。
 最近、想の周りを嗅ぎ回っているのも刑事だと、若林の組の下っ端ヤクザから聞いた。自分を見張るくらいなら、少しでも被害者のために何か行動して欲しいものだとSDカードを睨み付ける。
 黙々と続ける想のそばに着替えて来た中田が戻り、細い指を伸ばすと想と一緒にパキパキと折り始める。

「手伝います。いつもありがとうございます。有沢さんたちに相談して……本当によかった」
「うん」

 中田の笑顔に、想もほっとして笑顔を返した。






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