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「希綿ぁ!分かっとるんか!」
「ええ……まあ……すみませんね。こんなボロ小屋で」

 立花全は新堂の居場所を知る男の元へ連れていかれるはずだったが、希綿により山の中に連れてこられた。
 深い山道の途中、小さな崩れかけの小屋で目隠しをされロープに繋がれた立花全が吠える。
 小屋の窓際には殆ど白骨化した死体がひとつ転がっていた。最早悪臭さえない程に乾涸びて、元の姿とは似ても似つかない。それは五十嵐真司の死体だった。
 かつて想の家族全員の死に関わった五十嵐。新堂の指示でこの小屋に運ばれ、手足を砕かれ、干からびるまでにはどれほど時間がかかっただろうか。
 希綿は『ひどいなぁ』と苦笑いして部屋の隅に立って干からびた物体から視線を変えた。
 希綿の視線は足元に。そこには若い男が立花全と同じく目隠しをされて震えており、立花全の怒鳴り声にびくびくと身体を縮めた。
 暴れる立花全の足首を、冷たいものが這う。びくっと身をすくめた立花全が足をばたつかせた。
 それは、革手袋を嵌めた指先で、想のものだった。

「オヤジ……あんたは人として終わってる。家族を殺させるようなお前は俺達が殺してやるからな。家族に殺される気持ちはどうだ?」
「謙太か!……漣もおるんか!」
「俺だよ、おじいちゃん」

 怯えながらも、きょろきょろとする立花全のふくらはぎを踏みつけて想が言った。
 『想か!』と立花全が叫ぶ。

「助けてくれ!謙太はどうかしてる……!想っ、じいちゃんを助けてくれ!たすっんぐぐっう"……」

 次の瞬間、立花全は若林によってタオルで猿ぐつわをされた。呻き声が吸われるように消えた。
 何故、想がいるのか。状況を把握するために立花全が体を動かすが、拘束のせいであまり効果はない。 
 うが、うがぁと呻く声は、くぐもった絶叫に変わった。
 想が足首めがけて斧を振り下ろした。骨の砕ける大きな鈍い音と、噴き出す少ない鮮血に想は距離を取って様子を見る。次第に出血が多くなるかと思われたが、想はあらかじめ動脈付近を縛っておいた。
 のたうつ立花全からは悲鳴らしき音が絶えず漏れる。

「たくさん痛がって、ゆっくり死んでね」

 立花全の耳に残った自分の悲鳴以外の、最後の言葉だった。
 想の戸惑いのない一撃に立花全の目隠しがじわじわと湿る。怯える相手の傷から、思ったより出血が有ることに想は悩んだ末、止血も兼ねて更にキツく縛り直す。その作業に、ますます立花全が暴れた。
 そんな立花全を黒い瞳が無感情に見つめた。

「肉厚だから……切断はキツい」

 一発でいけたのは奇跡だ、と想は呟いた。その、なんの感情もない声音に立花全はありったけ叫んだ。
 声はタオルに消されたが、もう片方のふくらはぎを踏みつけられて怯えを消すように次第に怒り始めた。
 言葉は聞こえないが喚き散らしているのが分かる。
 想は無視して軽く息を吸い込んで斧を振り上げた。

「アンタは奪いすぎたよ」

 知らない人々から、仲間から、家族から。
 若林から母や姉を、新堂から生き方を。
 想が思い切り斧を振り下ろそうと手に力をこめたとき、立花全は二撃目を食らう前に身体を一瞬硬直させ、気を失った。力をなくした脂肪たっぷりの身体が横たわる。

「止めないから」

 想の低い声は気を失った立花全に届かなかったが、足首を切り落とされた瞬間身体が魚のように一度跳ねた。









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