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 挑発的な言葉に、立花全はカッと顔を赤くした。
 平手が想に振り下ろされたが、想は膝立ちのまま左腕でそれを受け止めると、そのまま振り払って立ち上がった。驚く立花全同様、周りも息飲む。何人かはドスや警棒を手にして立ち上がった。
 想は威嚇するように立花全をじっと見据え、静かに言葉を吐いた。

「自分じゃなんにも出来ないくせに」

 想は様々な殺意を向けられていたが、恐怖も何も感じていない様子で一歩踏み出し、立花全との距離を詰めた。
 睨み合うふたりの様子をじろじろと観察する周りの幹部達の深い暗闇の視線が突き刺さる。若林は額を押さえてやれやれと首を振り、立ち上がった。

「なんじゃ!毎晩可愛がられていたくせに何も知らんと!ただの男好きが!」

 怒りを露わに怒鳴りながら、立花全は想の胸倉を掴んだ。

 想は冷めた視線を返す。

「あんな何者かも分からん生き物に突っ込まれてよがるような薄汚ねぇお前と血が繋がっていると思うと反吐が出るわ!挙げ句に捨てられてちゃあ笑いモンだなぁ!!!」
「まあまあ、オヤジ。落ち着いて」
「そうですよ立花さん。その子は部下ではないんです。大人しく殴られて感謝する教育はされておりませんよ」

 仲裁に入った若林に、想はスーツの襟首を引っ張られて引きずるように連れて行かれる。

「アホ!素直に殴られろとは言わねえけど、挑発すんな。殺されるぞ」

 耳元に言われても、想は頷くことが出来ないほど頭に血が上っていた。
 若林に口添えするように腰を上げた白髪交じりの男が、二人にさっさと行けと手を振る。希綿悠造だ。

「希綿、おめぇまさか漣に絆されてんじゃあるまいな」
「まさか。立花さんの威厳のためです。あんなガキにそこまで気を荒立てたら他の者達はどう思いますか」

 希綿が耳元で言うと、立花全は不機嫌そうに腰を下ろした。しん……としていた広間に、立花全の声が響く。

「新堂を捕まえろ!俺の前に連れてこい!」

 未だに静まり返っている広間に舌打ちし、立花全はそこを離れた。後を追うように希綿が後ろに着く。

「立花さん、実は新堂くんの行方について知っている男がいます。今、監禁してありますが、どうしますか」

 廊下を進みながら、ひそひそとみみうちする希綿の言葉に立花全は立ち止まった。肥満の身体を揺らして笑うと、希綿もゾッとするような笑みで着流しを翻した。

「今すぐ向かう。居場所を吐かせて直になぶり殺してやるわ」
「……お言葉ですが、立花さんの手を汚さずとも……っ!!」

 希綿の頬を指輪の並ぶ拳が殴りつけた。
 一瞬の沈黙の後、希綿はずれた眼鏡をすっと直し、切れた頬を押さえ、頭を深く下げる。

「出過ぎた発言でした。すみません」
「車を回せ」

 希綿はもう一度頭を下げると、外へと早足に向かった。その口元には笑みが浮かんでいる。
 一方、立花全はフンと鼻で笑い、血の付いた指輪を見て着物の端で拭いた。









「……ごめんなさい……」

 中庭の見える廊下でタバコを吸っている若林に、想は弱々しく謝った。
 若林の大きな手が想の頭を撫でる。
 じわじわと滲む視界に、想は俯いた。耐えていたが、無理だ。
 立花全から、新堂に捨てられたと言われて、現実を突きつけられた。それでも、みっともなく泣くのも大人として我慢ならず、想は静かに息を止め、目を瞑って胸の苦しさが引くのを待った。

「俺的にはお涙頂戴は勘弁だけどよ、お前は別だぞ。ほれこっち来い」

 若林は乗せていた手を後頭部へ移し、乱暴に肩へ抱き寄せた。
 一瞬、顔を若林の肩に付けたが、想は優しく腕を突っ張っり身体を離す。

「俺も一応、男なわけだし……そんな真似したくない」

 微かに笑った想に、若林は苦笑いして手を退けた。可愛くねえの、と言って潤む目元を親指の腹で優しく撫でた。

「新堂は、お前を置いてったりしねぇよ。あいつは想に夢中で必死だ。正直ここまでのめり込んでる姿は見た事ねえ。どんだけ思われてるか…分かってるんだろ。ん?」

 若林の言葉を反芻して、想は無意識に頷いていた。
 脳裏に、耳の奥に、身体中に、想の中に彼の全てが残されている。
 帰ると言った、新堂の声が蘇る。

「別れの言葉、俺は言われてないぜ」

 威張るように言った若林は、器用に片手でタバコを携帯灰皿にしまった。少しずつ濡れていく指先に若林は優しく微笑む。

「……俺も……言われてないし……」

 震える声で微かに絞り出した想の声に若林は頷いた。
 想の元に帰りたいと言った新堂の言葉を、信じたい。
 想はそう思って、頬に宛てられている若林の手を握り声を耐えるように涙を流した。









「時代遅れの価値のない遺産め」

 ハンカチで頬を拭いながら希綿は呟いた。
 奴の時代は終わりだと、眼鏡の奥の瞳に仄暗い光が差す。力と金だけでは今の世界は進めない。それを分かっていながら生き方を変えない立花全は遅れている。
 希綿は新堂と若林から立花全を引きずりおろした後、青樹組を任せたいと申し込まれていた。
 始めは驚いたが、若く力のある二人の野心と、あまりにも正論な事実に希綿は首を縦に動かした。青樹組の先代組長から仕えていた希綿は、青樹組を守るためにも立花全では無理だとどこかで感じていたのだ。
 全ての準備が整っている今、始末するタイミングだった。

「新堂くんはただ者ではないな……」

 新堂は幹部達の口を固く閉ざす金額を用意し、環境を整えた。
 それをうまく使って幹部達の納得を得た。人脈と人望、カリスマ性がある若林。
 その二人に脇を固められた希綿に敵はない。
 最後の始末という仕事が残されているのみだ。希綿は車を移動させながら、電話をかけた。

「謙太くん、これから向かう。……ああ、分かった」

 まだオムツにおしゃぶり位の幼い頃から知っている若林が、今や自身を引っ張る程のまっすぐな男に育ったと思うと、希綿の口元が緩んだ。







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