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「……寂しいです」
「店がなくなるから?」

 口許に笑みを浮かべて書類に視線を向けながら答えた三咲に、想が笑う。

「わかってたんですね。ずっと寂しがってる事。三咲さんて意地悪だな」

 三咲は『ふふっ』と笑って書類にサインをしていく。都心のホテルのレストランでデザートを担当することになった三咲。その間、店は想が預かることになった。
 もう閉店して二週間になるが、未だに中を覗くお客さんがいることに三咲も想も嬉しさと申し訳なさだけだった。

「貸してもいいけど、ホテルから戻った時には使いたいんだよね……やっぱり手に職の自分は仕事を辞めたら人生も終わった気がする。信用できる想くんに預かってもらえて助かるよ。地元は東北だからろくに友人もいないしね」
「う、ん……そう言ってもらえて嬉しいですけど、正直上手くやれるか不安です」

 三咲の不在中、店をお酒を楽しむ場として夜だけ営業する方針で想が経営を受け継ぐ事で話がまとまっている。大きく変える店に対して、想は不安で一杯だった。
 三咲と新堂のそれぞれの後押しで、しぶしぶここまでやってきたが開店までは少し時間がかかりそうだった。

「はよーございます」

 鈴の取られたドアを開けて、島津が入ってくる。坊主頭が編み込みのコーンロウに変わり、益々怖い雰囲気になっている。そんな島津の手にある紙袋には様々なカタログが入っていた。

「おはよう島津くん。あ、たくさんあったね。いいのありそう?」
「いくつか……付箋してあるやつですが、どうっすか?」
 
 三咲のいるカウンターに紙袋を置き、店内用のインテリアなどが載ったカタログを渡した。
 想がモップを引きずり、二人を覗くと島津が背中を強く叩いた。

「よう。しっかり掃除しろよ。雑用くん」
「いった……!……まかせろ」

 想は振り向きわざとモップの柄で島津の脇腹を刺すと、少し振り返りにこっと笑った。そのまますいすいと奥へ行く。
 脇腹にめり込んだ際の痛みに島津はそこを押さえて怒りに想を睨みつけている。
 そんな二人に三咲は呆れながらカタログに付箋を増やした。
「ふふっ……島津くんと想くんは仲良いの?悪いの?」
「「悪い」です」

 ピッタリ揃ったふたりの声に、三咲はくすっと笑った。

「俺は島津が好きですけど」

 真顔で付け加えた想に、島津は思わず眉尻を下げて口端を上げてしまい、三咲も声を立てて笑った。








 三咲が一度店を離れ、ふたりで開店プランを練っていた時、思い出したように島津が言った。

「なぁ、社長が白城会のトップを退くって聞いてるか」

 え?と想が書いていたペンを止めて島津を見つめた。全く聞いたことのない事柄に、想が驚きを隠せないでいると、島津は眉をひそめた。

「んだよ……。ただの噂か」
「噂って?どういうこと」
「……蔵元が、そんな話を聞いたっつってた。青樹組の現若頭、希綿悠造に社長が不在中の白城会を任せてた。ただ、今も時々出入りしてんだと。白城会に青樹組の若頭が通うなんて変な話なんじゃ?ってさ」

 島津はテーブルのカタログをめくる手を止めて視線を想に向けたまま微かに首を傾げて見せた。
 希綿悠造きわたゆうぞう。新堂も信頼しているところを見るとしっかりした人物だと考えられる。アメリカ滞在が長引いた際、新堂が白城会を任せていたくらいだ。
 白城会の若頭は名前だけ柴谷凌雅が席を置く。新堂は彼にはヤクザ業よりも会社の方を継がせたがっていた。
 想は新堂が凌雅にヤクザをさせたくないと察していた。それは、島津も。
 白城会を継ぐ者の候補が思い浮かばない以上、トップが変わる事など考えられない。

「白城会は言ってもほとんど普通に働いてる人ばっかだからな……」
「看板があるだけなのに、大きな組なんだ?」
「金回りがダントツに良いのは間違いねぇな。新堂さんの手腕」
「……希綿さんてどんな人?」
「……さぁ、あんまり興味ねぇし……けど、結構いい歳で本来ならどっかの組長でもおかしくねぇくらいの人だとか。だから白城会のトップに希綿が来るか?って噂が出たんじゃねぇか」

 ふーん……と想はコンビニのメロンパンをかじった。お昼を少し過ぎ、三咲が帰った後、想と島津は店の内装を大方決めて業者との相談に備えていた。
 三咲の店である前提なので、彼の意見を尊重しながら進める。
 想は照明器具に赤マジックで丸を付けながら希綿について島津に意見を求めた。

「つまり希綿は青樹組だけじゃなくて他の傘下の組にも信頼されているのに、立花全に仕えてる?」
「青樹をとる気か、立花全を崇拝しているか……だな。俺は青樹組の内情は知らんし、適当な事ばっか言うのは良くねぇな」

 島津はカレーパンを三口で食べ終え、コーラを流し込んだ。考え込んでいる想を横目に見ていた島津が、視線を緩めて想の持っていた赤マジックを奪った。
 想がハッとして島津を見ると、赤マジックにキャップをはめている。

「社長に聞けばいいだろ。言わないことはあっても、聞かれて嘘吐くような人じゃねぇじゃん。噂だし、そんなに気にすんなよ。変な話して悪かった」

 素直に頷く想を見て島津の顔が緩んだ。
 これから仕事を共にしていく上で、想ならば揉めてもぶつかり易い。
 想自身も同じ様な事を思って島津に声をかけていた。そして蔵元なら上手く想と島津の間に入ることが出来る。三咲も上手くいくと思って店内の改装を申し出ていた。

「そろそろ業者が来るな……岡崎組の系列会社なんだろ?俺どっか行ってた方がいいかもな」
「え、なんで」
「末端メンバーとは言え、俺は白城会だぜ」

 島津は襟足を軽く触りながら少し俯いた。
 想は緩く首を振って島津に大丈夫だと言う。
 島津は想が岡崎組、組長の若林と叔父と甥の関係で、兄弟のように親しいこと知っているが、全ての組員が知るわけではない。
 正直これこら店が上手くいかなくては困ると思っていた。ヤクザの揉め事は後を引くし上にも周りにも迷惑を掛けかねない。そして命も危ない。

「俺が北川に付いてた頃、事務職で一緒だった先輩の会社なんだ。塗装業が専門だけど、他にもカタギの職人さん紹介してくれるって。頼ってくれって言ってた。ヤクザ臭くないし上嶋さんも島津が白城会の末端だって知ってて仕事を受けてくれたから」
「マジか。サボれると思ったのにやられたわ」

 島津がホッとしたように言うと、想は笑顔で『サボりとか、刺すよ?』とからかった。

「じゃあ内装とかは任せる感じで、俺たちはメニューだな。仕入れ先は、まぁ表通りの商店街かな。早めに挨拶回ろうぜ」
「うん。蔵元と三人で行こうか。週末はお祭りがあるし、明後日あたり挨拶回りどうかな。お祭りの準備くらい役に立てるかも」
「おう」

 島津は挨拶回りの件を蔵元に連絡し、想は近隣のお店をマークして粗品の数を確認し始めた。





 



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