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「行っちゃったぁ……もっとゆっくりすればいいのに。早すぎるよ」

 空港の、くもりひとつ無い大きな窓からスノーは飛び立った飛行機を見ていた。
 敢えて普通の旅客機を手配したギロアは、経費削減と言っていたが想を安心させるためなんだろうと、スノーは思っていた。
 あまり特別待遇で専用機など飛ばせば、気を使うだほう。
 晴れた空を見上げて、スノーの気持ちも軽かった。二人は無事に帰ることになった。
 スノーは想と連絡先を交換し、ミッシェルのこと全てが片付いたら日本へ行くことに決めていた。
 まだまだアリスの事を忘れられそうにないが、異国へ行けば気も楽になるだろうと考える。
 足枷の装置もなくなり、晴れやかな気持ちで居ると、隣のターナーがスノーに腕時計を渡した。スノーが首を傾げると、ターナーも首を傾げた。

「何コレ」
「位置発信装置だ。逃げられると困る」
「んんん?」

 スノーは益々首を傾げた。
 それを見たターナーが大きな溜め息と呆れた顔でく腕を組んだ。

「取引しただろ。我々に協力するって。人間性はどうあれ、能力は買っている」
「取引って……」

 新堂は帰国し、無くなったものと思っていたスノーがぽかんとターナーを見つめる。
 ターナーは驚いた顔でスノーを見つめた。

「無くなったと思っていたのか?」

 少しの戸惑いの後、スノーが小さく頷く。
 その視線はそれが嘘ではなく、本当だと物語っている。ターナーがなんとも言えない表情で組んだ腕を解き、そっとスノーの腕をとると時計を嵌めた。

「彼は怪我をしているし、こちらでも名の知れた会社のトップかつジャパニーズマフィアの上役なんだろ?身辺整理が必要だ。経緯は隠さずとも人身売買組織は奴に興味を示すはすだ。日本人として現地へ行ってもらうつもりだしな」

 三ヶ月後だ……とターナーは言って、スノーの背中を優しく支えるようにして空港の出口へ促した。
 スノーは新堂に騙されたような気がして唇を噛んだ。新堂は三ヶ月後には想を納得させる事が出来るのか。いや、納得させるつもりがあるのか。
 スノー自身はギロアに協力するのだと思えば不自由な生活も妥協できたが、手放しで想と新堂の帰国を喜んだことを悔しく思った。

「……ちゃんと仕事はするよ。けどさ、これからひとりで朝食したい。先に行って」

 ターナーは気を使い、承諾すると早足に空港を出た。
 去り際、必ず来いと念を押されてスノーは頷いた。
 ジーンズのポケットから想の連絡先を取り出す。それは、新堂と住んでいる場所の住所だけだった。携帯はジズ・ウィンレンスに捕らわれたときに紛失したままで、帰国後に手続きをすると言った。
 スノーは空港の売店で便箋と封筒を買い、近くのカフェでパンケーキとコーヒーを注文した。便箋を前に、ペンくるくると回したが、何から書くのか難しいところだった。新堂の気持ちを考えても理解しがたいスノーは、大きな溜め息をしてペンを投げた。

「日本に行けたら……ソウとたくさん遊びたかったなぁ……ハラジュク行きたかった」

 スノーは出すか分からない手紙に、どうどもよいことを書き始めた。
 友達への手紙を初めて書くスノーのペンは重い。
 時折投げ出して、パンケーキを頬張る。
 コーヒーに口を付けたとき、丸いカフェテーブルの向かいの椅子に手が置かれた。スノーは興味なさそうに顔を上げると、相手は遠慮がちにスノーを見た。

「……席、いい?」

 深めにキャップを被り、厚手のジャケットを着ている細身の青年がいた。

「…………アリス?」
「すぐ、行くから。謝りたかっただけなんだ」

 ごめんな……と椅子に置いた手を放し、去ろうとするアリスの手をスノーが慌てて掴んだ。
 言葉が詰まって出てこない様子のスノーに、アリスが笑う。

「……許してくれとは図々しいけど、スノーのこと本当に好きだった。けど、追われてるから、行くね」

 ジズ・ウィンレンスのさらに黒幕にも、警察にも追われているアリスはスノーの手をそっと外した。
 泣きそうな顔をしているスノーの頬に、アリスは挨拶のキスをして離れた。

「ね、ねぇ!ねぇ!メールして!」
「うん、スノーに送っても足が着かないから安心して送れる」

 『約束だよ!』というスノーの言葉がアリスに届いたかは分からない。
 スノーはアリスが見えなくなるまで立ち尽くしていたが、ウエイトレスがコーヒーのおかわりを持ってきて、慌てて座った。
 アリスは無事だった。
 スノーは嵐の様な鼓動に、目を閉じて深く息を吐いた。危険を冒して、ひと言を言いに現れたアリスにスノーはひどく心をかき乱された。
 コーヒーがすっかり冷めるまで暫くただ座っていたが、スノーは便箋をまとめて席を立った。自分もやることをやらねば、と書きかけの手紙も大切にしまう。
 アリスが追われているのは新堂が派遣される組織と繋がっているかもしれない。みんなの事を、助けられるならば助けたい。
 スノーは決意したようにきゅっと唇を引き結び、外で待つターナーの車へ早足で向かった。







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