79





 
「消すか?」
「いいですよ。どうせ眠くないし」

 スタンドライトの灯りでタブレットを使用する新堂に寄りかかり想は目を瞑る。左肩の不自由な彼のために端末を支えた。

「変な眠り方すると眠れないのは同じか」
「はは、そうみたい」

 お互いに微かに笑い、向かいの隅で眠るスノーを見て想は少し疑問に思ったことを尋ねた。

「スノーがさ、小さい頃からずっと両親や学校の人たちに酷くされて辛かったって話をしてくれました。漣とギロアさんに救われたことも。それから仲が深くなったって聞いたけど、仲良しなんですね」
 
 子どもの新堂がどんな子だったのか想像できず、想はいろいろと想像するように目を閉じた。

「漣の友達が若林さんだけだったらどうしようって思ってた」

 新堂は微かに笑い、タブレットの電源を消して想の頭を自分に寄せると髪にキスして新堂からも想に寄りかかった。

「スノーは随分と想を気に入ってるんだな。自分の話をするなんてよっぽどだ。……最初はギロアに相談されたんだ。どうすれば親の虐待から解放できるのかって」
「……上手くいったってことですよね。今、スノーは……すごく元気そう」

 そうだな……と新堂が頷き、ずるずると倒れ込むと想の膝に頭を乗せた。
 足はソファの肘掛けから外に伸ばし、行儀悪く靴を脱ぎ飛ばす新堂に想は笑った。優しく髪を撫で、少し髭の生えた顎を指先でなぞる。

「俺……子供の頃って悩みがなかったです。やりたいことはほとんどやったし、家でやる集まりなら夜まで許してくれたし、その後、みんなを家まで送ってあげたから友達の親も安心してた」
「みんな羨ましがっただろう。想は恵まれた家庭に生まれ、それに伴う教養も得ている。お前が大抵の人間から好意を持たれるのはそういった本質がそうさせいると思うよ」
「……よく、わかんないですけど……」

 新堂が左肩を庇いながら右腕を想に伸ばして唇を指先でなぞった。

「普通、親と繋がって子供は生きている。死ぬまで家族は家族だ。だが、普通じゃない場合もあるんだ」

 想は小さく頷いて自身の母親と祖父のことを思った。母親は父であり、想の祖父へ、子供と夫を守るために腎臓を渡した。家族の愛情からではなく、取引じみたその事実は普通ではないと思う。

「……俺は幸せかも」
「ああ、失ってもそう思えるなら幸せだ」
「若林さんはずっと変わらずお兄ちゃんみたいだし、今は……漣もいるから」

 想は上体を屈めて新堂の額にそっと唇を当てた。本当なら、彼を押し倒してもっと求めてしまいたかったが、重傷の今さすがに理性が勝る。頭の中では整理できても、心のどこかでは非日常的な先程の体験を恐がっていた。
 けれど、瞬間的な熱ではその時しか安心出来ない。想は学んでおり、身体を繋ぐより大切なこともなんとなく分かっていた。

「漣は……立花全から逃げるためにアメリカに来たの?」
「そうかな。逃げると言うよりは、立ち向かえるように、だな」
「……すごい」
「若林が寂しがるし。あいつ、あんな風に見えて泣き虫なんだよ」
「ふふっ、確かに」
「それに、まだ立花全に借りがある」

 新堂は、『新堂漣』は借りている名前だと言った。
 自分には名前はなく、出生届も出されていないと。母親はそれこそ生んで捨てるつもりだったようだが、難産のためか救急車で運ばれ出産した。生むつもりの無かった子供も助かり、母親はその子供を連れて病院から逃げ出した。そして父親だと思しき男に押し付ける。母親は姿を消し、男は毎月金を貰う代わりに子供を家に置いた。

「男は借金まみれのろくでなし。その借金取りが立花全。俺は奴に連れて行かれ、育てられる訳だ。名前は当時、庭師をしていた新堂さんの亡くなったお孫さんのもの。新堂さんがいるから俺は未だに立花全にかしずいている。名前を借りている恩があるから」
「新堂……勝次郎さん?飛行機の」
「そうだ。よく覚えてたな。あの人、飛行機が好きなんだそうだ。だから、今はあそこを管理してもらっている」
「優しいね」

 想は複雑な表情で新堂を見つめた。
 ずっと前、何故ヤクザをしているのかと尋ねたとき『恩がある』と言っていたが、それは立花全ではなかったようだ。
 まさか名前を持っていなかったとは思いもせず、想は言葉が出ない。聞いてしまってから、どうすればいいか分からずにいた。
 辛い気持ちから涙が出そうになるが、それは失礼な気がして息を止めて耐えた。

「いい名前だろ」
「……う、ん……似合ってる」

 ごめん……と想が口に出すと涙がポツリと零れた。新堂の指が想の目許を擦り、ありがとうと微笑んだ。

「想に名前を呼ばれるのが好きだ」

 新堂は想の頭を引き寄せると唇を重ねた。失うかと思った存在が以前と変わらずすぐ側にある事に安堵する。

「触れるのも触れられるのも好きだよ」
「俺もです」

 手放したくない。

「おかえり」
「……いまさら」
「本当だな」

 呆れ気味な想に新堂は眉尻を下げた。
 幸せが何かは難しいものだが、新堂は幸せを知る想と居ることにそれを感じられているように思って、もう一度唇を重ねた。
 知らなくてもいい過去を話したのも、想とこれからも居たいという本能から。お互いを深く知っていくことが、お互いを強く絡めていくものだと思いたかった。









text top

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -