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「俺は……隠し事を無理矢理聞き出したり……騙したり。ヤクザの手伝いとか……」
人を殺した……とは言えず、黙った想をスノーは見つめ続ける。
「ヤクザ……ああ、そっか。レンは日本じゃあそっちだったね。想が酷い目にあっても意外と強いのはこういうのに耐性があるからかぁ……」
想は頷いたが、じっと観察するように見つめるスノーの視線に耐えきれずに立ち上がると、キッチンへ一目散に消えた。
「何か手を拭くものを借りてきます!」
スノーは想の後ろ姿からも目を離さなかった。
想のような普通な青年が何故新堂を選ぶのか純粋に知りたい。そう思って彼を観察するように見てしまう。
スノーに悪意がないことは分かっていても、想には戸惑いが大きい。
ふと、想の背中を見てスノーは目を大きくした。新堂が彼の肩に腕を回す姿が記憶の中から思い浮かぶ。
それは他の者や自分とも明らかに違って見える。触れる指も、見せる顔も。
「……そうか。初めから思ってたのと変わりないか。レンの特別だから、俺にとっても特別なんだな。そうか、なるほど」
スノーは冷静に呟き、納得したように頷いて山からまたひとつサンドイッチを取った。大きく噛み付いて、ドレッシングに使ったオリーブオイルとビネガーの香りを楽しんだスノーが、戻ってきた想に微笑む。
想は手を拭くための布巾を持ったまま、先程とは違うふわりとした視線に、借りてきた猫のように緊張した微笑み返した。
スノーは意を決して、想を助ける代わりに新堂が中東へ行くことになっているという事を話そうと決めた。
もし、離れ離れでも想が待てるなら新堂を待っていて欲しい。悪い組織で悪いことをする彼が、無事に帰れるか分からないことが、スノーの舌を鈍らせる。子供を攫って、売春なんて回りくどいことはしない。人身売買の中でも臓器売買は証拠も身元も残らない、画期的な商売だ。
新堂は不本意だとしても顔色も変えず、罪も、親への不満も、未来への欲もない子供を切り刻むだろう。
それを知ったら想はどんな顔をするだろうか。
スノーは食べかけのサンドイッチを想に渡した。想は首を傾げながらも反射的にそれを受け取ってしまい、受けとった後に困った顔でスノーを見た。
「もらっていいの……?」
「俺のだから、持ってて」
謎の多いスノーの行動を少しずつ受け入れて、想は頷いた。だが、訳が分からないことにまばたきを繰り返す。
「すっごく内緒の話しがしたい」
声を潜めて、想を見つめたまま言ったスノーに、想はもう一度小さく頷いた。
あのね……とスノーが眉間に皺を寄せて話し出したとき、すぐそばのソファにいた新堂が足を組んで声を掛けてきた。
「俺にも聞かせて」
二人の世界になっていたスノーと想は驚いて新堂を見た。
想は立ち上がり、キャップをとったミネラルウォーターを差し出す。
新堂は感謝の言葉を告げて受け取り、一口飲んでスノーを見た。視線が『話すな』と伝えてきて、スノーは新堂を呆然と見た。
新堂は自分自身と離れることで想がまともな自分の生き方を出来ると思っているかも知れないが、スノーには分からない。
好きな人が突然、自分を裏切ったと知った時は正直思考が停止した。
想と新堂はお互いが大切で、長い間一緒にいたこと知るスノーは、そんな繋がりが一方的に断たれていいはずがないと視線を強めた。
新堂は微かに笑って、自身の怪我を心配そうに見ている想の腰に触れる。
その視線は愛しい者を見る眼差しで、想を関わらせたくないのだろうと、スノーのは感じ取った。
ぐっと言葉を飲み込むスノーを横目に、新堂の手が想の髪を撫でた。
「点滴が終わりそうだ。具合がいいならスノーと近場を回ってきたらどうだ?明後日には帰るぞ」
「……は!そうだっ!三咲さん……」
『連絡してある』と言われた想が慌てて謝る。想は眉を寄せて息が止まりそうな顔をしていた。
何日も滞在予定をオーバーさせた自分を責めていると分かった新堂が背もたれからゆっくりと身体を起こした。
「仕事のことも心配ない。俺がいなくて会社が駄目じゃあ大した事ない組織だって言ってる様なもんだろ。組の方も希綿さんが補佐として、しっかり鎖持ってくれてるから」
立ち上がって想の左手から点滴針を抜き、近くに山積みの箱から適当に絆創膏を探し出すと、跡にペタリとそれを貼った。深く息を吐いた新堂は立ったまま眠たそうに目を瞑る。
「眠い……先生は強引だな」
「ねぇ、レン。明後日、戻るって……?!日本に?」
そうだと新堂が頷く。
スノーはパッと顔を明るくした。ギロアがうまく掛け合ってくれたに違いない。取り引きは無くなったのかもしれない。
スノーは嬉しさから新堂に飛びついた。
薬が抜けきらない新堂は支えられずに積まれたダンボールや箱類に埋まった。鈍い音と共に二人が転ぶ。
「いってぇな……大丈夫か」
「心配した俺がバカだったよー」
想が慌てて二人に手を差し出す。
「大丈夫ですか!?」
スノーの突拍子もない行動に驚いた想だが、引っ張り起こしたスノーに抱きつかれて笑った。よかったね!と笑顔で何度も言うスノーに頷く。
「スノーはすぐ飛びつくね」
「好きな人にだけだから安心して」
ね!と微笑むスノーの足を新堂が蹴った。
「あいたっ!痛いよー」
「俺を起こせよ」
はぁ……と諦め気味に新堂はベッドと化したダンボールにぐったりと身体を預けた。
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