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 腕の中、顔色の悪い想を見た新堂は想の身体を強く抱き締めた。後悔や恐怖や、様々な負の感情の中に明らかに強くあるのは怒りだった。
 冷めた表情から滲む、周りにも感じられる程の怒気だ。

「レン!」

 スノーに呼ばれて現実に引き戻され、想を抱き上げた新堂が不意に殺気を感じて身を屈めた。
 瞬間、新堂は後ろ左肩に一発撃ち込まれ、衝撃で想を抱えたまま地面に倒れた。ターナーもギロアもそちらへ銃を向けた。想を庇うように起き上がった新堂も右手で懐から銃を抜く。
 震える新堂の肩を見たスノーがその手から銃を奪った。 

「スノー?!」

 新堂を撃った方にはヘイラルがおり、明らかに想を狙っていた。スノーはあまり扱ったことのない銃を手に息を止めた。

「あいつだ……!!」

 だが、スノーが撃つより速く、ヘイラルは頭を打ち抜かれて海に落ちた。

「えっ……?!アリス……っ!!」

 ヘイラルは背後からアリスに撃たれ、アリスはスノーを見た。二人の視線はコンマ数秒交えたが、スノーが名前を呼んだ瞬間、ギロアがアリスを撃ち、衝撃でアリスも海に落ちる。
 手足が震え、手に持っていた銃を落としたスノーが呆然としていると、船に戻ろうとしているギロアの声が響いた。

「スノー!!ぼさっとしてる暇はない!早く行け!」

 弾かれるように銃を拾って、スノーはアリスのことを振り払うように海から視線を外した。
 新堂は左肩を押さえながらターナーと共に想を連れて車に乗り、支えるようにスノーも続く。

「レン、血が!」
「心配ない」

 心配ない筈がない、とスノーは泣きそうな顔で新堂を見つめた。
 素早くターナーが車を出すと、新堂はスノーに想の右手を上げて支えるように頼み、右手以外の怪我を確認する。
 後部座席に横にした想の顔に、新堂の肩の怪我から服に滲んだ血がぽたりと垂れた。

「あれ、……れん……?」

 小さな想の呟きに、新堂とスノーが驚いて顔を覗く。
 新堂は愛しい存在を再確認し、思わず顔を寄せ、想と額を合わせた。助けが遅れたことに、己の力不足に、怒りしか感じられない新堂は眉を寄せて拳を握り締めた。
 そんな新堂とは逆に、額に温もりを感じた想は微かに口元を緩めた。

「……天国、これた……の、かな」
「ソウ!テンゴク……?あっ、天国なんてないよ!現実だから!」

 スノーが声を掛けたが、それに反応は返らず小さな呼吸をするだけだった。スノーが少し嬉しそうに新堂に視線を向けたが、彼は険しい表情で低く答える。

「レン、ソウが喋った!」
「ああ、きっかけはあまり想像したくないがな」

 新堂は大きな外傷が右手だけだと確認すると止血を正しく行い、肌けたシーツで再び身体を包んだ。
 スノーはずっと想の右手を上げたまま、優しく握り続ける。

「ソウ!まだ約束の食事、してないんだから寝ないで」

 スノーは想の耳元に付きそうな程顔を寄せて話し掛けた。
 返答はないが、意識を保って時折り頷き返す想に、バックミラーを見ていたターナーも、少し息を吐いて運転に集中することにした。









 少し堅い、革の二人掛けソファで目覚めた想は重く怠い身体は後にし、まず目元を擦った。
 不思議な、薬品の匂いがほんのりとした少し寒い部屋に、怖くなって身体を起こす。
 左腕に付いている点滴を見て慌てて毟り取ろうと右手をかけた。引きつったような違和感と疼くような感覚が残っている。しかし、手はきちんと包帯が巻かれ、それを見て様々な記憶が甦る。

「……あれ」

 途中からの記憶は曖昧で、想は額に包帯の巻かれた右手を当てる。
 辺りは生活感のない、病院のような部屋だった。
 バラバラにしてやる……というヘイラルの言葉と、臓器売買の言葉が、背中をゆっくり刃物で撫でられるような感覚と共に思い出される。

「っ……!」

 テープを剥がし、点滴針をそっと抜いてソファから立つ。部屋の中心にはステンレスの台があり、まさにそこで解体される様が想像できた。
 裸足のまま静かにただ一つのドアにそっと耳をあてる。女性と男性の話し声が聞こえるが、ヘイラルやボスと呼ばれた黒人ではない。
 想がそっと扉を開けた時、外から丁度扉が引かれた。想が慌てて身を引いたが、扉を開けた男としっかり鉢合う。

「起きたのか。おいおい、点滴抜くなよ。歩いて大丈夫か?」

 短い暗い茶色の髪に、黒に近い鋭い眼差しが心配そうに想を見た。背丈は若林より大きい。鍛えられた身体のせいか、更に大きく見えた。彼の体格は少しジズ・ウィンレンスを彷彿とさせ、想は身構えた。

「あ、あの……」
「ん?言葉は分かるだろ?俺に英語で話したじゃねぇか」

 喋れないんです……と言おうとした想の口が、少し動いただけで止まった。あれ、声が出てる?とゆっくりした動きで自身の唇に触れ、戸惑った様子で声を絞り出した。

「俺……声が……あれ、ここは?」
「俺の実家。俺はケイナン・ギロアフラム。連邦捜査局に勤めてる。覚えてねぇ?重たいお前をこっそり運んでやったのに」

 イヤミな言葉とは逆に、歯を見せて笑うギロアを見て、想は驚いた顔で反射的にお礼の言葉を伝えた。

「えっ、あ、ありがとうございます……!」
「バカ息子、もっと説明してやらなきゃあ坊やが戸惑ってるじゃあないか」

 ギロアの後ろ、車椅子に座っている40代から50代の女性が穏やかな声音で口を挟んだ。ギロアと同じ髪の色と目をしているが、目つきは優しい。

「あー、その、……レンに頼まれて、あの船の連中を捕まえた。まぁ、何人かは死んだけど」
「船……っ、子供たちは!?」
「全員家に帰った。心配すんな。ガキどもがお前の事心配してたぞ。『優しいお兄ちゃん』て。……ほら、あの仕切りの向こうにレンもいるから」

 聞くやいなや、想は飛ぶ勢いで部屋の隅のカーテンを引いた。一人掛けのソファに深く身体を預け、眠っている新堂を見つけて想が足元に膝を着いた。

「新堂さんっ!怪我……!」

 肌けたシャツから覗く包帯は、左の肩を主に巻かれている。想がズボンを掴んでも、起きる気配がない。

「……れん……?」
「寝てるのよ。ぜんぜん寝ない悪い子だから無理矢理寝かせたわ。薬でね」

 怪我自体は命に関わらないと聞いて、想はほっとして新堂の足に頭を預けた。じわじわと涙が溢れ出し、想は誤魔化すように新堂の腹に抱き着いた。嗚咽を耐えていたが、温かい新堂の身体を感じて更に涙が止まらない。
 嵐のように甦るジズやヘイラルを前にする恐怖より、新堂に何かあったら……いなくなってしまったら……なによりも怖い。胸が押し潰されそうな感覚を覚える。
 その様子を見ていたギロアフラム親子は少しホッとした気持ちで視線を合わせた。無事とは言えないが、想が新堂の元に戻れた事はひとつの成果といえる。
 息子のケイナン・ギロアフラムが想の頭をポンと撫でた。

「ソウ。おかえり」

 助けに来てくれたことは全てが朧気で覚えていないが、想は新堂にしがみついたまま小さく頷いた。
 優しいギロアの声と、新堂の温もりに想は暫く泣いた。










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