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「うあ……は、始まったみたい……」

 不安そうなスノーの言葉にターナーは銃を確認して、エンジンをかけた。想を受け取るために船の近くへ移動する必要があったからだ。

「すごい音……。だ、大丈夫かな」

 大丈夫ではない場合もあるが、スノーは不安からそんな事を何度も呟いた。
 船の周りには待機していた他の突入チームの車も沢山あり、ターナーが車を船の脇に付けても違和感がない。さっと車から降りたターナーに同僚が話し掛けるのを見て、スノーは心臓を押さえた。
 もしかしたら、アリスは殺されたかもしれないし、想も銃撃に巻き込まれていたら……と不安で手な汗が滲んでいた。危ないから出るなと言われていたが、二人は車を出て船を見上げた。
 新堂はそわそわしているスノーの背中を優しく撫でた。

「なんでお前がそんなに緊張してるんだ」
「……ジズみたいな仕事をしてる奴らが人を大切にすると思う?売られちゃう子は直ぐに薬を使われて、場合によっては1日も保たないって……ソウが心配だよ……それに、アリスも中にいるよね、きっと……」

 新堂はスノーがアリスを気にしている様子に静かに目を閉じた。姿が見えたら殺すつもりでいたが、よほど親しくなったのだろうか。
 人付き合いの下手なスノーが裏切られても安否を気にしてしまう存在。
 アリスの身が危険と分かっていながらも、想を助けることに力を尽くしたスノーの心境は複雑だっただろうと新堂は目を開けた。内心、スノーに感謝した。

「ギロアが上手くやるはずだ」

 新堂の言葉にスノーは大きく頷いた。









「子ども達の安全を最優先だ!各自役割を果たせ!」

 ギロアは指示を飛ばしながら想を探して駆けた。
 途中、負傷した仲間に声を掛け、医療チームに無線を入れる。救出した子供を抱えて船外に向かう仲間には特に気をつけるように命じた。
 ギロアは、『想が死んでいたら……』と悪い考えが頭をよぎって自分を戒める。親友の新堂漣が助けたい存在だ。早く見つけたい。
 奥の奥に半開きの扉を見つけ、警戒しながら中に入った。
 他の部屋とは違い、大きなベッドにソファ、床も絨毯が敷かれている。目に入ったパソコンは壊されているが復旧出来るかもしれないと部屋の外にいる部下に声を飛ばした。
一目で分かるようにここがジズ・ウィンレンスの部屋だろう。 

「奥へ人を寄越せ。ウィンレンスの部屋だ。徹底的に調べろ」

 無線で告げると、ベッドに沈む想を見てギロアは小さく息を吐いた。思ったより大きい。運び出すのが目立つ。
 裸で体液に汚れている様に目をそらした。可哀相だが、ここでは身体を綺麗に出来ないため、想の身体に適当にシーツを巻きつけた。それが血塗れな事に今更気が付いたギロアがハッとして想の脈を取る。

「……んだよ、驚かせんな……生きてんじゃん。おい。しっかりしろ!」

 脈が弱く、顔色も悪い上に冷えていた。ギロアが声をかけていると、想が薄く目を開け、相手を確認するように目で追う。
 ギロアは頭部の装備を外して何か言っている想の口元に耳を寄せた。

「どうした?」
「だ、れ……」
「ダレ?」
「……誰?」

 聞き慣れない発音に疑問を返すと、すぐに自然な英語での質問に変わった。ギロアは頷いて簡単に『警察』だと答えると、想は赤くなっている包帯の手でギロアの装備のジャケットを掴んだ。
 殆ど意識も朦朧としている様子でギロアを引き寄せる。

「子供が、たくさん……」

 助けてあげて……と繰り返す想の身体をぎゅっと包むと、ギロアは想を担いで部屋を出た。駆けつけた部下達に上手い言い訳をしながらそこから離れる。
 部下たちはギロアを見送り、責任感を持って部屋を調べ始めた。 

「子供たちは助けたぞ。お前をレンのところに連れて行くから大人しくしていろ」

 ギロアは想の身体を落とさないようにしっかりと抱え直して駆け足で外を目指す。
 一番に子供たちのことを心配していた。想の事を助けてやりたい……ギロアは冷えた身体を抱く腕に力を込めた。
 外への通路に差し掛かる頃には、だいぶ敵の数は減り殆ど銃声もやんでいた。

「人の肩で寝るなよ?名前は」

 ギロアの問い掛けに口を動かすが、漏れるのは息のような音で、声は届かない。
 船の見取り図まで手に入れていたスノーのお陰で、ギロアは迷うことなく外に出た。
 新堂がそれに気づいて想を受け取る。

「想!……どういう状況だ?!」

 新堂は珍しく強い口調でギロアを睨んだ。
 ギロアは険しい表情で新堂の肩に触れ、ぎゅっと力を込めた。

「見つけたときにはその状態だった。なんでも揃うからすぐにお袋のところに行け。ターナーが車に救急バッグを入れある。……助かる事を願ってる」

 シーツに巻かれたまま動かない様子の想を見て、スノーが駆け寄った。

「ソウっ!!」
「大丈夫、急いでお袋のところに行け!話はしてある」

 やることが山積みだ!とギロアは船に戻ろうとしたが、動揺しているスノーを見て足を止めた。細い背中をバシッと叩いた。

「スノー!レンのこと頼むぞ」

 ギロアは微かに口元に笑みを作り、頷いて見せた。
 小さく頷いたスノーは、ターナーの声にそちらを見る。
 ギロアは駆け足で船に戻ってしまった。

「乗って!救急バッグ使ってください!」

 車に戻っていたターナーが二人に車に乗るように促して、スライドドアを開けた。










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