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口々に話をする子供たちは、怖さを紛らわせようとしている様子だった。
想は聞き役としては反応が返せないが、頷くだけでも子供は安心したように笑い、身を寄せてきた。
『げんきだね』
突然、鍵を開ける音がした。全員が立ち上がり、子供たちが怖がって想の後ろに隠れた。
想もそっと身体で隠れやすいようにしてやると、子供たちは服を掴んで小さくなるように身体を丸める。
アリスかと思ったが、開錠に手こずっているところを見ればアリスではないことは分かる。蹴破る様に中に入った侵入者に子供たちが小さな悲鳴を上げて益々怯えた。
想は子供たちを隠すように足を開き、腰を低くした。入ってきたヘイラルを睨み付ける。
「ボスがお呼びだぜ。ったく、アリスはなんでお前に肩入れしてんの?手間かけさせんなよ」
『来い!』と言われて、子供たちが不安そうに想を見上げた。
想は出来る限り優しく微笑み、ヘイラルに引かれるがまま部屋を出た。
「はぁー眠い……」
大あくびをしながら、想を歩かせてヘイラルは後ろを歩く。背中の銃が歩みを止めさせなかった。
誘導されるまま着いた部屋の扉は、積み荷があった場所のように強固そうだ。ヘイラルがノックすると、内側から扉が開く。
白人の下着姿の美女に開けられた扉の先には、軍人の様に鍛え上げられた身体の強そうな黒人が大きなベッドに座って、ノートパソコンをいじっている。肌けたシャツから覗く筋肉質な身体は大きくて迫力があった。
「ボス。連れてきましたよ」
ヘイラルに背中を押され、一歩踏み出した想にボス、ジズ・ウィンレンスの視線が突き刺さった。
想が負けじと視線をぶつけていると、ジズは笑ってヘイラルを下げた。
「あの頃とあまり変わらないな。アジア人は幼く見える」
立ち上がって想の眼前まで数歩でやってきたジズに顎を掴まれ、予想以上の力の強さに想は顔をしかめた。
指、一本とっても想の指より一回り大きく見える。2メートルはある長身が更に威圧感を纏っていた。
「薬物反応もないし、血液型がいい感じに少ないからお前の中身は良い値が付きそうだ。健康そのもの。ちょっと歳は食ってるがまぁ見た目も悪くない。臓器が空になるまで遊んでやってもいいかもな」
『反抗的なヤツを屈服させる快感があるんだよ』と白い歯を見せてジズは笑った。
眠らされていた間に血液検査でもされたのだろうか。
想はジズの言葉が本気だと分かり、寒気が背筋を登るのを感じた。縛られた手で、顎を掴む手を押し退けようとするが、かなわない。
「ああ……声が出ないんだったか。残念だ……叫ばせてぇんだがな」
想の抵抗など気にした様子もなく呟いたジズが、腕を掴んでベッドへ放り投げた。
想が呆然としていると、ジズは大きなナイフで想の腕の縄を切った。
一瞬、何を意図するのか分からなかったが、想は自由になった。転がるようにベッドから逃げ出し、重たい扉へ向かう。手をレバーへ掛けたが、再びジズに捕まり、今度は床へ投げ飛ばされた。
強かに身体を打ち付けた想が痛みと戦いながら起き上がろうとした時、横っ腹を蹴られて身体が飛んだ。
「ーーーッ!」
「ボス、今のは内臓を傷めますからダメですよ」
控えている美女がくすくすと笑った。
「あー……そうか。悪い悪い」
半端ではない重たい蹴りに、蹲っていた想の腕を引っ張り立たせたジズが楽しそうに笑う。
「あの時はえらい大損させられた。楽しませてくれよな」
想は身の危険を全身で感じた。息を詰めてジズの耳へ思い切り手の甲を叩き込んだ。同時に膝を鳩尾へめり込ませる。
耳への打撃は少し利いたのかジズは想の上から退いた。鳩尾は周りの筋肉が邪魔をして、あまりダメージを受けていないように見える。想は追撃など頭に無く、扉へ走った。
「すごいじゃない」
美人の賞賛も無視して扉を開けたが、そこにはヘイラルが仁王立ちで笑みを浮かべている。
危機感にかられた想は瞬間的にヘイラルの喉へ全力で掌底を打ち込んだ。思わぬ攻撃にヘイラルは気道を圧迫されてよろめいた。必死になりすぎて力を加減できなかった想が一瞬ヘイラルの安否を気にしてしまった時、後ろから髪を掴まれた。
「当たりだな!たまんねぇぜ!!」
ジズが髪ごと想を引きずって部屋に入ると美女は素早く扉を閉めた。ベッドに押し付けられた想は顔をシーツに埋められて、息苦しさに腕を使って起き上がろうと踏ん張る。
「もっと鍛えてやろう。素質はあるぞ。俺好みだ」
踏ん張っていた右手に強烈な痛みを感じた瞬間、力が抜けて身体ごとベッドに埋もれた。頭を押さえていた手が離れ、うつ伏せたまま顔だけを動かした想の目にはベッドへ突き刺さった大きなナイフが映る。自身の右手を深く貫通して、手のひらはベッドへ留められていた。じわじわと溢れてくる赤い血液は、すぐにシーツに染みていく。
「っ……、ッ!!」
痛みに目を瞑ると、脈打つ感覚が大きく感じられた。想は抜かれることのないナイフを抜こうと左手を伸ばしたが、その手は大きなジズの手に握られる。
「こっちの手は可愛くシーツでも握ってな」
シャツの裾からごつごつした熱い手が入り込み、腰を撫でられた想は足をばたつかせて暴れた。
ありったけの拒絶を叫ぶが、声にならない。想は悔しさに目を見開き、歯を食いしばった。
抵抗を見せ続ける想の姿にジズは声を立てて笑ううと、簡単にそれを抑え込んだ。
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